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(『祝福家庭』93号)
【第2祝福】「家庭完成」

 いつでもどこでも、訓読生活!
 このシリーズでは季刊誌『祝福家庭』に掲載されている三大祝福完成に関するみ言を紹介します。

第2祝福】
「食口(を愛する)」に関するみ言(3)

 皆さんは、食口(シック)が訪ねてきて帰れば、その人を思いながら夜を徹して祈り、灯油ランプの灯(あかり)をつけて、あした話してあげる内容を準備しながら、朝日が昇ってくるまでその人が来るのをどれほど待ってみましたか。そのように待ってみてください。その人が来るようになっています。間違いなく来るのです。それは実現可能です。

  そうすれば、「いやあ、精誠とはこういうものなのだなあ! 精誠が極まれば、神様を動かせるのだなあ!」ということを実感するのです。「誰々が来なければならない」と思い、精神統一をして3時間だけ祈れば、その人はそわそわし、我知らずに心が動くのです。「教会に行ってみよう」と、心が命ずるのです。そのようなことが可能だというのです。


天一国経典『天聖経』第9篇・第3章・第3節・1


 祈ると、どのような心霊状態なのかが分かります。祈れば、自分と関係している食口たちは枝のようなものなので、神様が必ず教えてくれます。精誠を捧げてみてください。食口たちのために精誠を捧げれば、彼らの心霊状態が傷つくときは、さまざまな姿で見せてくれます。うなだれている時もあり、ふろしきで顔を覆う時もあり、さまざまな姿で見せてくれるのです。気分の良いことがあった食口の場合は、すぐに笑う姿が見えます。また、悲しいことがある時もすぐに分かります。


(『真の父母経』第3篇・第3章・第3節・9)


 (真の)お父様は、1957年に食口を育てるとき、一対一作戦をしました。残るものは一対一作戦です。一人の前で講義をする時も、百人、千人の前で講義をすると考えてしたのです。

 その一人に数千、数万人の人がつながっていると考えました。私がどんな命令をしても聞くことができる人にするためには、私がそれだけの精誠を尽くし、そのようにできる動機をつくってあげなければなりません。


(同 第3篇・第3章・第3節・5)