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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。
 誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。

21話「祝福には責任が伴う」

 明日は「昭和の日」の祝日。いよいよ両親と義父母の祝福の一日を迎える。

 前夜は家族の昔話で盛り上がった。
 祖父母たちの話をうまく引き出すのはナオミの役目。ナオミは意外に聞き上手なのだ。

 父も母も、そして義母も、相好を崩して雄弁に思い出を語り合った。3人は青春時代を過ごした昭和を振り返って懐かしむ。戦時中の少年少女時代を回想する祖父母たちに、ナオミは真剣なまなざしを向けた。
 子育てのエピソードは尽きない。リレーのように互いの苦労話に花を咲かせた。

 「おじいちゃんとおばあちゃんはどんなふうに出会ったの? お見合い?」

 ナオミの問いかけに祖母のタツコが答える。

 「お見合い…、とも言えないわねえ。親同士が話し合って決めたのよ。親同士が知り合いでね。おじいちゃんの親がおばあちゃんの親に『うちの息子とお宅の娘さんはどうか』って相談したのが私たちの縁になったってことね…」

 「へえ~。おじいちゃんもおばあちゃんも、親が選んでくれた相手を受け入れたんだね。祝福結婚みたいだね」

 目をつむって聞いていたテツオがタツコの話を引き取ってつぶやく。

 「そして生まれてきた息子は、文先生に結婚相手を決めてもらって結婚したというわけだ。『縁は異なもの味なもの』というが、本当にそうだな」

 テツオがシホに向かって念を押すように尋ねる。

 「宮田さん、祝福のこと、本当に大丈夫ですか。今さら言うのもなんですが、なんだか私たちが宮田さんたちを巻き込んでしまったようで…」

 「そんなことはありませんよ。夫も喜んでいると思います。こんなふうに家族が楽しく過ごせることが一番です。私もずっとそんな家族でありたいと思ってきましたから…」

 シホは信仰故に争うことはしたくなかった。シホは熱心な信仰者ではあったが、宗教コミュニティーの中でしばしば見られる独善的な態度や排他的な行為に疑問を持っていた。それは、シホも夫のシュウサクも信仰によって家族の心が分断される苦痛をずっと背負ってきたからでもあった。

 「私は家庭連合の教えをしっかりと理解しているわけではありませんし、残念ながら私の中にはまだまだ偏見や思い込みがあるんだと思います。それでもタカシさんのお話を何度か聞きながら、『祝福』という、家族の再生の道を受け入れてみようと思えるようになったんです。
 タカシさんとカオリの出会いがこうして、柴野家と宮田家をつなぎ、ナオミちゃんが生まれてくれました。
 カオリとの間では後悔していることばかりでしたけれど、夫と私が祝福を受けることで、本当の意味で家族の絆を取り戻せるんじゃないかって感じているんです」

 「宮田さん、ありがとう…。カオリさんに死なれた時は本当に私もつらかった。タカシのことも、ナオミのことも不憫(ふびん)で仕方なかった。
 でもね、二人と一緒に暮らしながら、同情心や、かわいそうだな、なんていう気持ち、今はすっかりなくなってしまったんです。
 カオリさんは二人の心の中に生きているし、今も家族と一緒に暮らしているんだなってことが分かるようになったんですよ」

 思いがけずもたらされた家族の交わりのひととき。そこは温かな「空気」、「臨在感」に満ちていた。


 祝福結婚式は私の通う家庭連合の支部教会の礼拝堂で行われた。
 午前中は祝福結婚の意義を学ぶ講座の時間が持たれ、祝福結婚式は昼食を挟んで午後2時から行われた。

 式典の1時間前には、新郎新婦たちがそれぞれの控室に移動し、結婚式の衣装に着替える。
 女性たちはウエディングドレスを身に着け花嫁姿となる。ナオミは祖母たちと一緒に行動した。

 姿見鏡に映るウエディングドレスに喜々として少女のような笑顔を見せる祖母たち。ナオミも弾けた笑顔と喜びの声で祖母たちの晴れ姿をカメラに収める。

 午後2時。司会の案内とともに厳かな入場行進のBGMが流れる。12組のカップルは音楽に合わせて礼拝堂に入場し整列した。

 今回の祝福結婚式参加者は、全て既婚カップルだ。そのうちの4組は配偶者がすでに他界している。このような祝福は「霊肉祝福」と呼ばれた。一方が配偶者の写真を持って神の前に立つ。

 私とナオミは新郎新婦の親族席に着いて式典を見守った。

 カップルの結婚指輪の交換の時に印象的な出来事が起きた。
 私の父が指輪を付けた右手をさっと勢いよく高く掲げて、「やった!」と言わんばかりに喜びの表情を参加者たちに見せたのだ。

 これには会場も沸いた。
 拍手が起きた。みんな笑顔になった。

 父らしいといえば父らしい振る舞いだ。父は正直で、率直で、気持ちを行動で表す人なのだ。

 式の主礼を務める教会長夫妻が祝祷をささげる。
 タツコとシホの目尻からは一筋の涙が流れている。

 霊肉祝福の新郎あるいは新婦たちは肉体の目には一人にしか映らないが、そこに配偶者が寄り添っていることを誰も疑わない。

 式の後には祝賀の場が持たれた。
 そこには新郎新婦とその家族、祝賀客として参加した教会員たちもいる。

 ウエディングケーキを味わいながら、おのおのが感想を披露する。
 涙あり、笑いありである。一つ一つのカップル、その家族には、祝福に至るいくつものドラマがある。

 私の父の番が来た。

 「皆さん、ありがとうございます。私たち夫婦も今日から皆さんと同じ祝福家庭になりました。教会長さん、そうですよね?」

 会場から拍手が起こる。
 父は続けた。感想コメントは演説に変わっていく。

 「祝福を受けられて私は本当にうれしいんです。なぜなら、私なりの理解ではあるのですが、祝福を受けることで、人生の意味をかみ締めながら生きていけるようになると信じているからです。
 午前中の講義で教会長さんが言っていました。『祝福には責任が伴うんですよ』と。祝福はただ恵みをもらうだけのものではないということですね。私もそう思っています。
 一般的にも、結婚すれば家族を養う責任を負いますし、社会の一員としての責任も独身の時とは違ってきます。
 しかし教会長さんの講義を聞いてみると、祝福結婚は普通の結婚と随分次元が違うようです。
 息子からも聞いていましたが、祝福家庭は『氏族メシヤ』の使命を果たさなきゃならんという話です。
 祝福家庭は文先生ご夫妻のように真の愛で生き、世界、人類のために生きないといけないんだということですから、それだけでも普通の結婚とは違いますね。
 自分のことしか考えてないような世の風潮の中で、家庭連合の人たちは本当に普通じゃないんですよ。だからこんなに社会の評判が悪いんでしょう。
 教会長さんは、『神様に似た者になってください、それが祝福家庭の責任ですよ』と教えてくれました。
 今までは自分や家族のためだけに生きてきたような人生でしたが、これからは神様に喜んでもらえるような生き方をしていきたいと思います。
 祝福家庭の先輩の皆さん、これからもどうぞよろしくお願いします。本日はありがとうございました」

 父の「演説」は他の参加者の涙を誘った。
 皆、苦労の味の分かる人生を歩んできた人たちなのだ。

 数日前、「おまえに言われたから祝福を受けるんじゃないんだ」と父は言った。
 私に心の内をさらしてくれた父。今さらながら父の言葉が胸に染みわたった。

 私は祝福に対して真摯(しんし)に向き合う両親や義母の姿に心揺さぶられていた。
 「祝福を受けてくれさえすればいい」、そんな動機で接していた自分を恥じた。

 万人を祝福し、神の子として生きてほしいという神の思いのなんと強いことか。
 神の復帰の執念がどれほどのものかを忘れて生きていたことを、私は心から悔いた。

 「氏族メシヤ」

 祝福家庭になった父の口から語られた核心的な5文字の言葉が脳裏に繰り返しこだまする。

 「タカシさん、氏族メシヤ、一緒に頑張りましょう!」

 カオリの声が重なった。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野直実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母

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 次回もお楽しみに!

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