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スマホで立ち読み Vol.31
『文鮮明先生の日本語による御言集 1』12

日本歴史編纂委員会/編

(光言社・刊『文鮮明先生の日本語による 御言集 1』〈2015年2月12日第2版発行〉より)

 スマホで立ち読み第31弾、『文鮮明先生の日本語による御言集 1』を毎週水曜日(予定)にお届けします。
 真のお父様が語られた日本語がそのまま残されていて、当時の雰囲気を味わうことができます。日本に対する真の父母様の深い愛を感じる一冊です。

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一、「神の目的と我々の目的」

1965128
本部教会(東京都渋谷区南平台)

神が干渉できない人間の責任分担

 ある時、先生は神に祈りました。

 「善なる神の目的、善なる神の人格、その目的にかなうその人格、神の心情を中心として生活する場において、神の事情を中心として、万物を抱き得る真なる神の求める創造本然のその人は、いずこにありますか?」

 「おりません」

 「過去におりましたか?」

 「おりません」

 「現在におりますか?」

 「おりません」

 「未来におるでしょうか?」

 「私は知らない」

 神自身も知らない。責任分担の5パーセントを残しておる。

 この悲惨なる復帰の歴史は神自身ながら、いかなる力をもって、いかなる権力をもっても、どうにもこうにもすることができない。引っ掛かりに掛かっておる。その基点に対して、神がいかにその涙を流しても、どうすることもできない。

 この重大なるその基点を解決し得るのは、人がしなければならない。君たちはその堕落論におきまして学んだ通りに、人間に責任がある。

 今まで神は全能なる神ゆえ、その神が果たそうとすれば果たし得ないことはないという考えを持った信者は多いけれども、神におきましてどうにもこうにもすることができないところがあるということを悟れる人がない。

 それで神御自身におきまして、悲しみの境地に陥ったその瞬間の体験というものは、表現できません。その悲しみの境地、その悲惨なる境地、そういう境地を超えなければならない。そういう境地を超えなければ、その生死の国境と言いますか、この城壁を越えることができない。

 それで今まで先生は、個人的な城壁、家庭的な城壁、あるいは民族、国家、世界的城壁をいかにして打開するか、これを生涯の目的として今戦っておる最中なのであります。

 今私は、45を過ぎておりますけれども、神を愛する観念におきましては青年たちに負けたくない。

 どうか、日本におる青年たち、我々は真なる一つの基点を造りましょう。

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 次回は、「統一食口に願うこと」をお届けします。



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