2024.03.27 17:00
スマホで立ち読み Vol.31
『文鮮明先生の日本語による御言集 1』10
日本歴史編纂委員会/編
スマホで立ち読み第31弾、『文鮮明先生の日本語による御言集 1』を毎週水曜日(予定)にお届けします。
真のお父様が語られた日本語がそのまま残されていて、当時の雰囲気を味わうことができます。日本に対する真の父母様の深い愛を感じる一冊です。
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一、「神の目的と我々の目的」
1965年1月28日
本部教会(東京都渋谷区南平台)
統一教会の立場
だからこの悪の世界に対抗して立っている、神が求めている人がいないこの世界におきまして、本当の真なる神の子女として立ち得るならば、現世におきましては、宇宙的な十字架を前にして進まなければならないということになる。
外的世界すべてが、心情にかなった生活をする個人あるいは家庭、あるいは団体を迎えるならば問題ないのでありますけれども、迎えないで反発して背くという立場に立つというと、今一つの世界に近寄っている現世すべてが、我々に向かう最後のサタンにならざるを得ない。
日本におる食口(シック/家庭連合の教会員)たちは、日本の一億の人民を愛する、あるいは日本の地を愛するという心情以上の心を持って、神の目的を愛し、神の願いを愛し、神の愛の要求するその関係を愛し、その因縁を愛する。
神が日本を任せ得るその真なる個人は誰であるか。問題はそこなのであります。
その家庭はどこにあるか。あるいはその団体はいずこにありや。こういう重大な要件を前にして集まったのがこの統一教会である。
ここに集まっている我々はみんな青年である。心臓の鼓動(こどう)は時間を間違えず動いている。その恵沢において我々は考える。そして我々は活動する。我々は未来を持って動いている。
これは真なる願いであり真なる動きであり、真なる動脈の鼓動を聞きながら自分が存在しているということを忘れてはなりません。一億の運命を担(にな)う日本にいる食口たちは、こういう立場に立っている。
我々は何も臆するものがありません。他に愛すべきものがありません。何一つこれ以上の価値あるものがあるということもありません。
なぜならば因縁自体が、関係自体が、願い自体が、目的自体が神のものであるからです。
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次回は、「神が願う世界的革命」をお届けします。