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孝情を育む 12

 『ムーンワールド』で連載された、蝶野知徳・家庭教育部長による子育てに関するエッセーを毎週金曜日配信(予定)でお届けします。
 孝情を育む子女教育について、どんな姿勢で向き合えばいいのかを分かりやすく解説しています。

家庭教育部長 蝶野知徳

秘密の愛の祈り

誤解が誤解を生む
 子女の心に通じたいという心は、親であれば誰にでもあるものです。愛が必要だという前に愛したい心が先にあり、子女からも美が返ってくれば、さらに父母の情が強く子女に向かうものです。しかし、思うようにいかない時、愛(いと)おしさよりもいらだちや感情が出てきてしまうことは、子女を育む過程において誰でも体験することだと思います。

 そんな時、み言(ことば)や育児書を通して、親としての不足を感じて、愛してあげたいという心を高められる場合は問題ありません。しかし、反対に自分を責めて気を落として消極的な接し方になったりすると、その姿を見て、子女は、「親は自分を愛していないのではないか」と感じてしまうことがあります。

 そうなると子女は親から愛を受けるということに対して気を遣い、遠慮がちになってしまうことがあります。そんな子女の様子を見ながら、「この子はあまり手をかけなくても大丈夫そうだ」と親が判断してしまったとしたら、誤解が誤解を生んでしまっていると言えるのです。

 基本的に親次第なのです。愛が嫌いな子女も、親が嫌いな子女も本当はいないのです。そう見えるとしたら子女が親に不必要な気を遣っているなど、誤解があるのだと思います。

 このようなことは教科書的には誰でも分かるのですが、問題の起点は何かというと、いつも、“親自身の心が純粋に開かれていない”ことなのです。子女ではありません。

必ず子女に変化が現れる祈りの方法
 子女について思い煩う親でも、心だけで子女を思う時には、冷静にみ言で整理しながら、今度こそ真実の心だけ見て愛してゆこうと、決意できることもあるでしょう。そのような内的な基準を利用して、親自身の心を開きつつ、霊的に子女を愛してゆく祈りの方法を紹介したいと思います。この祈りは、必ず具体的な恩恵があります。

 子女が寝静まった後、子女の傍らで子女の寝顔を見ながら、その心に向かって祈るのです。「〇〇君、生まれてきてくれてありがとう」「愛しているよ」と、心の中で、その“言葉どおりの思い”で心ゆくまで語りかけるのです。ただそれだけです。

 霊的な方法ですが、毎日続けてゆくと、必ず子女に変化が訪れます。祈る親の心と子女の心とは相対的な関係なのです。親子で授受作用を深めてゆく場面も与えられるので、その契機を生かしていただきたいと思います。

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 次回は、「言葉は愛のためにある」をお届けします。


◆「孝情を育む」が書籍になりました! タイトルは『子女と向き合うことは神様と向き合うこと』
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