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続・夫婦愛を育む 16
命が一番躍動する時

ナビゲーター:橘 幸世

 Blessed Lifeの人気エッセイスト、橘幸世さんによるエッセー「続・夫婦愛を育む」をお届けします

 図書館で星野富弘さん(詩人、画家)の『愛、深き淵より』の本が目に留まりました。
 昔、星野さんの作品に感銘を受け、家族で富弘美術館を訪れたこともありましたが、作品集以外に著作があることは知りませんでした。普段読むジャンルではありませんが、心惹(ひ)かれ借りて帰りました。

▲『愛、深き淵より』(Gakken)

 それは自伝でした。中学校の体育教師だった彼が、運動中の事故で首から下が不随になり、口に絵筆を加えて詩画を創作したことは知っていましたが、そこに至るまでの壮絶な闘いに思いをはせたことはありませんでした。

 自分が陥った状況を知った時の感情や体の感覚、家族・友人など周りの人たちの反応や行動が微細に描かれていて、実況中継のようです。

 一時は声も奪われて、ただ天井を見るだけの気の遠くなるような時間が続きました。当然ながら、死にたいと思ったことは幾度となくありました。何もかも人の手に頼らなければ存在できないのですから。

 危篤状態から脱して意識を取り戻したある時、目を開けると複数の医師、看護師、家族が自分をのぞき込んでいます。皆、「よかった」と安堵(あんど)の笑顔です。

 その時星野さんが思ったのは、「がんばらなければ!」。
 自分を生かすためにこれだけ多くの人が必死になってくれている。その人たちに対して自分には責任がある。生きることを投げ出しちゃいけないんだ。

 感嘆しました。

 星野さんが口にペンをくわえて文字を書くきっかけも描かれていました。
 病院で同室だった男子中学生が、深刻な病状で東京の病院に移されることになります。彼を励まそうと皆が彼の帽子に寄せ書きをします。

 星野さんも彼のために何か書きたいと強く願い、付き添いの母に、ペンをくわえさせてくれ、と頼みます。
 彼女が帽子をペンが届く位置に持ちますが、彼にはペンを動かす力がありません。結局、母親が帽子の方を動かし、なんとか文字を書き上げました。

 星野さんのもとにはたくさんの励ましの手紙が届き続けます。彼は、返事を書いたら皆が喜んでくれるだろうと、口にくわえたペンで字を書く練習を始めたのでした。

 他者のために何かしたい、その衝動が新たな一歩、次への一歩をもたらしたのでした。
 やがて、自分を慰め励ましてくれる花々の絵を添えるようになります。

 「何か人の役に立てた時、いのちがいちばん躍動している」

 星野さんの言葉です。

 星野さんの母は、彼が入院していた9年間、病院に泊まり込んでつきっきりの看病をしました。
 食事や下の世話はもとより、痰(たん)の吸引、寝返りの補助、筆に墨や絵の具を付けてくわえさせ、スケッチブックを筆の届くところに持ち続ける。絵の具を息子の指示どおりに混ぜて筆につけるなど。どれほどの重労働だったでしょうか。

 それだけではありません。負の感情をぶつけられる相手は母親しかいなかったので、彼はしばしば母にきつく当たりました。
 母はいくら怒られ、ののしられ、陰で涙を流しても、息子の介護を投げ出すことはありませんでした。

 そんな母の献身に星野さんは、もしけがをしなければ、高慢にも母を「うす汚れたひとりの百姓女」としか見られなかっただろう、愛にあふれた母の真価に気付かなかっただろう、と告白しています。

 神様がたった一度だけ
 この腕を動かして下さるとしたら
 母の肩をたたかせてもらおう


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夫婦愛を育む魔法の法則

いちばん大切な人と仲良くなれました