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スマホで立ち読み Vol.31
『文鮮明先生の日本語による御言集 1』5

日本歴史編纂委員会/編

(光言社・刊『文鮮明先生の日本語による 御言集 1』〈2015年2月12日第2版発行〉より)

 スマホで立ち読み第31弾、『文鮮明先生の日本語による御言集 1』を毎週水曜日(予定)にお届けします。
 真のお父様が語られた日本語がそのまま残されていて、当時の雰囲気を味わうことができます。日本に対する真の父母様の深い愛を感じる一冊です。

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一、「神の目的と我々の目的」

1965128
本部教会(東京都渋谷区南平台)

心情・事情・願いと独立性・融合性・統一性

 すべての存在がそういう立場に立っておると同時に、人間におきましてはある一個人に対して問うならば、「あなたは何を一番願うか」というと、それにはだいたいの人は親に似た子、親子として心情の問題を誰もが願うということは事実なのであります。

 それから心情を基準として、生活舞台におきましては事情ということが、環境舞台におきまして関係を結ぶ、生活舞台におきまして事情ということが、我々人間におきましては、これまた日常生活におきまして体験する重大な問題であります。

 それからまた、その人に対してまた問うならば、「あなたは何を願うか」、第一に心情、第二に事情、第三に願いである、あるいは希望である。

 それをもっと対象的に言えば、人間の個性を分析すれば、独立性があり、それは融合性があり、あるいは統一性がある。

 自分一個を貴い所の位置に立たせようというと、その独立性、これはいずこから発したかというと、これは心情関係、もっと進んで言うと、因縁の関係から、絶対なる神の理想を代表したその因縁に対して絶対なる相対の位置におる自己ということを、十分知らないながら心に感じるその本性が、その属性が、いわゆる独立性、そして縦的なその独立性をもって、横的においてはいわゆる融合する、ある完全なるものがおれば、善なるものがおれば善なるものに対して我慕う、あるいは対応するということ、そういう我々の属性があるということは否定することができません。

 だから完全なる因縁、完全なる関係、完全なる願い、神より始まったそのすべての要件を、完全に我々個人におきまして、心情において、あるいは事情において、あるいは願いにおきまして、あるいは希望におきまして、これを体験し得るならば、そこにおきましては自然と絶対なる独立性、絶対なる融合性、絶対なる統一性ということが誰もが願うところなのであります。

 そうするというと、神の目的は一つ、その因縁は一つ、その関係も一つ、その願いも一つ、この基台におきまして、初めである我々の人間の始祖が、不変なるその因縁を中心とした、不変なる心情と不変なる事情と、不変なる願いを持っておったならば、それを基準として我々自身においては、その不変なる独立性、不変なる融合性、不変なる統一性は、何一つ外部から妨げられず、自由の関係においても、いかなるところにおいても、主張し得るところであったんですが、堕落のために我々の因縁も関係も願いも心情も事情も、あるいは希望も我々の主張する独立性も融合性も統一性も、皆不完全なる位置に堕ちたということになる。

 それで神自身におきまして、絶対的な独立性、絶対的な融合性、絶対的な統一性によって一つの目的をいつまでも達し得るその中心の存在は神である。それは申すまでもない。

 それだから、その心情におきましても、事情におきましても、願いにおきましても、その御自身におきましての、この要件すべては、万物すべてが共に持つべきところでありまして、我々は、堕落の後孫になっておりますから、みんな失ってしまった。

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 次回は、「神の願う基準まで至らなかった先人たち」をお届けします。



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