2024.02.14 17:00
スマホで立ち読み Vol.31
『文鮮明先生の日本語による御言集 1』4
日本歴史編纂委員会/編
スマホで立ち読み第31弾、『文鮮明先生の日本語による御言集 1』を毎週水曜日(予定)にお届けします。
真のお父様が語られた日本語がそのまま残されていて、当時の雰囲気を味わうことができます。日本に対する真の父母様の深い愛を感じる一冊です。
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一、「神の目的と我々の目的」
1965年1月28日
本部教会(東京都渋谷区南平台)
因縁と関係と願い
すべての存在が存在するには因縁を持たなければならない。
神は我々に対して御自身の父としての、我々は真の子女としての、本来は持たなければならない創造の理想である神を中心とした肉と血が、すなわち血統が一つになって出発できなかったために、神と我々におきましては、血統的ないわゆる心情を中心とした血統的な一体化を結び得ることができなかったということは、これは堕落の根本であるということは皆さんが知っている。
それがためにその目的を果たさんがために、我々は何かしら心の深い所には、自分が明かし得ることのできない、何かの因縁におきまして自分の良心は、ある大なる目的の世界に向かって我々を刺激し、あるいは我々を、その追い出して行くということを感じることが往々にあるということは否定することができません。
だから我々におきましては、真なる神と一体となるその因縁を、堕落のために目的を完成する第一の条件として結ばなければ、神の目的とは関係を結ぶことができない。
真なる因縁、その因縁というのは個人自身の願いであり、すべての人類におきましても、同等なる願いである。
特に統一教会の食口(シック/家庭連合の教会員)たちにおきましては、これはもっともな願いである。
目的を愛し、目的の世界を心より深く慕うというその立場に立って考えてみる時に、その目的よりもまず我々自身におきまして、内心におきましても、肉身におきましても、本当の因縁に対して神と我は、いかなるサタンの力が強かろうとも、これを打ち切ることができない。我信じる、我やっておる。
神に対して向かうその一身のすべてを、サタンはどういうふうにすることもできない。
そういう因縁を、不変なる絶対的なる因縁の位置に立っておるというならば、この目的の世界を造る時に、神は不変なる因縁を基準として造ったのでありますから、その目的が残っており、その因縁が残っておるならば、いつかは真なる因縁を慕って、「道(どう)」の道を、あるいは信仰の道をたどる者に対しては、いつかは天宙の大因におさめられて、目的の因縁の所に立たなければ、それは自然の法則みたいに、いつかはその因縁と目的の地に立つということが事実であるから、歴史は自然と時世が過ぎるに従って一つの世界に向かうということは、事実なのであります。
だから、絶対なる目的を中心として、この天宙を造った神におきまして、始まった因縁ということも、絶対なる目的を支えるその因縁を立たせておるから、その因縁を慕う者に対しては、いつかその絶対的なる目的の道に立たせ得るそういう基準があるから、それを歴史を通してつながせるために宗教というその団体といいましょうか、宗教という名の存在を立たせて、今まで神は遠い所におきまして何かの因縁を中心として我々を導いて来たのであります。
だから、その目的観念を充実せしめ、または完成せしめるには、第一に聖なる神の御旨に立ち得るということが、これが重大な要件であります。
それから親子の因縁を中心として子供として生まれたその人は、これは何が否定しても否定できない親子の因縁があるということはもちろんであります。
親子として生まれたならば、そこには兄弟があるに違いない。縦的には親子、横的には兄弟。
この兄弟という、これは生活舞台、環境におきまして兄なら兄、弟なら弟、姉なら姉、妹なら妹、そこには父母を中心とした兄弟関係をもって一つの家庭を造っております。
だから人間のもとにおきまして存在し得るものには、その人間だけでなく、また関係という、横的関係ということが必要なのであります。
だから目的をかなえ得る所まで行くには、因縁をあるいは関係を結んで、その生活環境の上に立って、そればかりでなく、また願いという要件を立たせなければならない。
だから存在するすべてのものは目的観の世界におるんであって、その存在すること自体は、そのうちには因縁と関係と願いをもって何かしら動く、その状態におきまして、あるいは授受作用をするすべてのものにおきましても、その立場において、現われてはいないけれども、内部におきましては、こういうような三つの要件を伴って目的のある方向に向かって進むということが、我々の生活において我々の生涯の道において、自然の現象として現われて来ることを我々は往々に体験することができます。
だからこの目的の世界を神は成就せんがために、不変なる因縁と不変なる関係と不変なる願い、そういう立場に立って我々人間を探して来たことを我々は忘れてはなりません。
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次回は、「心情・事情・願いと独立性・融合性・統一性」をお届けします。