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小さな出会い 8

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「小さな出会い」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭の中で起こる、珠玉のような小さな出会いの数々。そのほのぼのとした温かさに心癒やされます。(一部、編集部が加筆・修正)

天野照枝・著

(光言社・刊『小さな出会い』〈198374日初版発行〉より)

いい子になあれ

 「いくつ? お名前は?」

 相手はお愛想のつもりで聞いてくれるのだけれど、私は思わず首を縮めてしまいます。4歳になった娘は、まずこの手の質問に答えられたためしがなく、あちこち視線を泳がせているようすは、まだ言葉が通じない年齢かなと思わせる幼さだからです。

 「二つかな? まだそんなになってないかな?」こうなっては、四つなんてとても言えません。あとで、「どうしてちゃんと言えないの」と特訓しても、人の前に出るともう駄目。

 そのうえ立ち居ふるまいのスローモーなこと、放っておけば下着1枚つけるのに1時間です。「おしっこ!」と家中を必死な顔つきで走りまわって、最後には漏(も)らしてしまう姿に、私のイライラは重なって、遂に爆発してしまうのです。

 ある時、「はっきり言いなさい!」と叱ったら、泣きながら、「はっきり……はっきり……」と言っていました。何を叱られてるのか子供がわかってないのでは、いじめているのと変わらないみたい。心の交信がうまくいかなくて、子供のすべてが親のせいだと思うと、出口を失った自責の念が、哀れなはつかねずみの車みたいに、くるくる廻るんです。

 これなら喜ぶだろう、と思って買ってくる食器も、自分のは投げ棄てて弟のを奪う。“ああ淋しがらせてるなあ、親の資格がないなあ”と思ってがっかりする。そんなことが、下の子と比べてとても多いようです。いっしょにいて楽しいよりは心の痛いことの多い自分が、また申し訳なくて、頭をいためていたときでした。

 娘と弟とをつれて、親戚のゆうくんの家に遊びに行ったのです。ゆうくんはひとりっ子、娘と同じ年なのにもう足し算や引き算ができて、英語の歌まで歌います。いいつけは「ハイ」と即座に実行する、本当にいい子です。

 どうしたらああいう子になれるのか、少し見習ってこようと出かけていったわけなのですが、次第に私は考えさせられてしまいました。娘に何か注意すると、ゆうくんは同じことをして遊んでいても、サッと態度を変えて、

 「そんなことする子、僕だって遊んでやらないよ!」

 と言うのです。いたずらする弟に、

 「らくがきしないで。ほら紙にね」

 と軽くたしなめても、

 「そうだよ。らくがきする子悪い子だよ」

 と、とても憎らしそうににらんで鉛筆をとりあげ、「はい」と私に渡してくれます。

 ゆうくんにとっては、おとなの気持ちが絶対で、それに合わせる訓練が実に行き届いているのですが、私は複雑な気持ちになって、

 「あのねえ、おばちゃんが叱っているんだから、いっしょになって怒らなくてもいいのよ」

 と言ってしまったほどでした。

 娘は何か憤慨に耐えないといった顔つきで、黙っていました。幾度めかに、ゆうくんが私に同調したときです。娘は両手を大きくひろげて、弟をうしろにかばい、キッパリ叫びました。

 「二人にはペロペロキャンデーをあげません!」

 娘の大好きなお菓子の名前です。その罰を宣言した娘の顔は、厳(おごそ)かな姉の権威に満ちて実に美しく、私はうっとり見惚(ほ)れてしまいました。

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 次回は、「君がため春の野に出でて」をお届けします。