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小さな出会い 7

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「小さな出会い」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭の中で起こる、珠玉のような小さな出会いの数々。そのほのぼのとした温かさに心癒やされます。(一部、編集部が加筆・修正)

天野照枝・著

(光言社・刊『小さな出会い』〈198374日初版発行〉より)

ああーピンクのカーネーション

 「お産って、やっぱり、聞きしにまさる苦しいものだわねー」

 初産を終えた方が、しみじみ実感をこめて言ったことばに、二度めのお産だった私も「うんうん」と大きく頷(うなず)きました。それはもう2年も前のことでした。

 よく、「初めてお母さんになるあなたに」などという婦人雑誌の特集に、“和痛分娩”のことがのっています。麻酔分娩が一般的でない日本では、この、お産のときの腹式呼吸などを中心とした「気のもちよう」が説かれます。

 「お産は痛いもの、苦しいものという先入観をとりのぞきましょう。赤ちゃんが生まれるのは自然の摂理が導くもので、力(りき)んだり取りこし苦労をすると苦痛を感じます。昔から、“案ずるより産むがやすし”という言葉もあるのです」

 というように書いてあります。

 でも、一応は、しっかりした覚悟をしておいた方がいいみたい。長女のときはそうでした。

 「神と共に生涯あゆむ、開拓伝道の道を選んだ私である。怖(おそ)れずに戦おう。コロセウムで火あぶりにされ、ライオンのえじきになったクリスチャンたちに比べれば、このお産が何であろうか」

 という、進軍ラッパがきこえそうな覚悟です。

 日記もきちんと二つの大包みに分けました。一つの包みには“私の死後はただちに焼却のこと”と書き、もう一つは形見のつもりで“愛する夫へ”と書いたものです。

 それだけ覚悟していても、大変でした。声も出さずにがんばったけれど、もう、数年はお産したくはないなあというのが実感でした。

 二度めのとき、よし今度は痛さは気のせいだと思ってみようか、苦しくないと思えばほんとにそうなるのかもしれない、と思って臨(のぞ)みました。2時間で終わった出産だったけれど、やはり気のもちようどころじゃなかった。

 「こえ、だしても、いい、ですか」

 それでも許可を求めてからウンウンうなりました。数ある妊婦のなかには、「殺して!」などと泣き叫ぶ人もいるとか。それほどにはならないけれども、歯をくいしばっていたら前歯がとれちゃったんです。それはさし歯なのですが、がっちりと根の中へセメントで固めてある歯なのに、すごい力が加わるものです。

 お産後、運搬車に横たわって病室へ移る時、廊下で待っていた夫が、心のこもった声で、

 「御苦労さま。たいへんだったね……」

 と、ピンクのカーネーションを一本、贈ってくれました。嬉しくて、ニッコリほほえんだら、夫はギョッとした顔になりました。

 翌朝、なぜ彼はあんなに驚いたのかしら、洗面所の鏡に、昨夜のようにニッコリ笑いかけてみて、納得(なっとく)。ぽっかりあいた前歯の効果は抜群で、お婆さんのようだったのです。ああ、せっかくのピンクのカーネーションだったのに……。

 さて、この春に迎える三度めのお産は、どのような覚悟をしようかしらと、日ごとにつきだしてくるお腹をながめて考えているところです。どの母親も、みなそのようにして子を産んできた人間の長い歴史を思ったり、かくされてきた神様の、愛の秘密を思ったりしながら……。

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 次回は、「いい子になあれ」をお届けします。