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スマホで立ち読み Vol.28
『拉致監禁』33

世界平和統一家庭連合 総務局/編

(光言社・『拉致監禁: 家庭連合(旧統一教会)に反対する人々』〈Kindle版〉より)

 スマホで立ち読み第28弾、『拉致監禁』を毎日朝5時にお届けします。
 本書は現在の報道の背景を理解するとともに、拉致監禁の再発を防ぐために作成された一冊です。ぜひお読みください。

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第二章 痛哭と絶望を超えて

逆境を超えて得た親子の絆①

 私は20歳で家庭連合(旧統一教会)に導かれてみ言(ことば)を学び、24歳で献身的に歩むようになりました。19881030日、6500双の祝福結婚式があり、25歳でその祝福式に参加しましたが、その約1年半後の19905月、拉致監禁されました。

 以前、み旨(むね)を共に歩んでいた、私と同県出身の姉妹が拉致監禁されたのですが、その姉妹が離教した後に私の母の職場を訪ねたらしく、「統一教会(家庭連合)は大変なところである。Yさんを救い出すために協力したい」と語り、反対牧師を紹介したそうです。

 それから2年間、私の両親は反対牧師によって教育を受け、拉致監禁のための準備をしていくことになりました。

 私が献身的に歩むようになった年、父方の祖母が亡くなりました。それで、父が「一度、墓参りに来てほしい。そうしてくれれば信仰も認めるし、自分の好きな道を自由に歩んでいい」と言うのです。私も、今までお世話になった祖母のお墓に行って、一度は手を合わせたいと思っていましたので、「監禁されるのでは」という不安も少しありましたが、90年の5月に、12日の予定で帰省することにしました。1日目は何事もなく終わりましたが、2日目の朝6時頃、親戚からの電話を受けた父が、1階でヒソヒソと話しているのを2階の部屋で聞きながら、不審に思いました。その日は、帰る前にお墓参りをしてから、本家へ挨拶に行くはずでしたが、父の車がお墓の方向ではなく、父の姉の家に向かっていくのです。

 伯母の家に着くと、そこには親戚がたくさん集まっていました。そして、父が「今から話し合いをする。これからお互いが理解できるまで徹底的に話し合う。それが解決するまで出さない」と言い、監禁が始まったのです。その時、父の目が蛇の目に変わったのをよく覚えています。「このようなことをする父の背後には、サタンがいる!」と確信した瞬間でした。

 この監禁で私が一番恐れていたのは、反対牧師や親以上に、自分自身の心でした。私がどれくらいこの道を信じているのか、これから試されていくのだと思ったからです。

 監禁1日目にして、すぐに苦しくなってきました。自分を守るものが何もない独りぼっちの闘いで、条件もない中、相手の土俵で闘っていくことの難しさを感じました。反対牧師に勝つためには、神様から知恵をいただきながら闘うしか道はないと思いました。

 57日ぐらいたった頃でしょうか。佐賀唐津聖徒教会の中村勝彦牧師と、熊本の希望ヶ丘教会の本田勝宏牧師が来ました。その2人を見た瞬間、私は頭に血が上って、持っていた本を2人目がけて投げつけました。すると2人が、「私たちの話を聞くつもりではなかったのか。聞くと約束したのではなかったのか」と言うので、「私はそんな約束はしていない。この話し合いは親子の問題だから、親子でやります。あなたたちには何の関係もない」と反論しました。すると、中村牧師が私の態度を見てとても怒り、「お宅の娘さんは、全く聞く耳を持っていない。もう少し親子の信頼関係を取り戻して、何でも言うことを聞くようになってから私を呼んでください。そうなったら私たちは教育に来ます」と言い残して、帰っていきました。

 その後、私が幼い頃に育った場所、母の実家(お寺)に移したほうが私の心が開くのではないかということで、監禁場所が母の実家になりました。本堂の裏に小さな部屋が2つあり、そのうちの一つで生活するように、準備されていました。裏部屋なので天井がとても低く、中にはポータブルトイレ、布団、机が準備されており、食事も顔を洗うのも、すべてそこでできるようになっていました。お寺の監禁場所には、鹿児島の日本基督教団、布田秀治牧師がよく訪ねてきました。

 窓は二重になっており、サッシと障子になっていましたが、障子にすべて大きい釘(くぎ)が打ってあり、外は全然見えない状態でした。隣に部屋がありましたが、それを仕切ってあるふすまにも釘が打ってあり、全く開けられない状態でした。そして、ドアにも二重に鍵が掛けてありました。

 それまで私は、信仰歴が45年になったとしても、拉致後、わずか40日くらいで離教していく兄弟姉妹を見ながら、そんなに簡単に神様を裏切ることができるのだろうかと不思議に思っていました。しかし、自分がその立場に立ってみて、初めてそういう兄弟姉妹の気持ちが分かったのです。

 私の場合、天井がとても低い場所で1カ月間、暮らしたわけですが、そこにいると霊的に力を失って、おかしくなってしまうのです。

 聖書も聖歌もみ言もすべて取り上げられてしまい、祈祷をしようと思えば邪魔されるのです。そして、突き飛ばされたり、音を立てたりされるのです。ですから、とにかく祈らないと、霊的におかしくなってしまうと思いました。その時に思い出したのが、海外宣教に行っている兄弟たちのことです。

 アフリカなどの難しい国に宣教に行っている兄弟姉妹は、心情が落ちても、牧会してくださる人はいないし、み言は届かない。そういう中で、ただ祈るしか神様につながっていく道はありません。そこで闘っている兄弟姉妹のことが思い出されました。

 そしてもう一つ思い出したのが、「新天地」という機関誌にあった李(イ)ヨハネ先生のメッセージで、アブラハムとサラの信仰について書かれたものでした。

 その中に、「重大なときに神様に相談しなかった」という内容がありました。その李ヨハネ先生のメッセージがとても頭に残っており、とにかく祈って、神様につながっていくしか道がないと思いました。ですから、布団をかぶって寝ているふりをし、祈り続けました。朝は40分、昼は21分、夜は12分、それだけは必ず続けました。今までの信仰生活で、これほど祈ったことがないと思うほど、真剣になって祈りました。

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 次回は、「啓示と夢によって導かれる」をお届けします。



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