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統一原理補講 4
アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理②

ナビゲーター:佐野邦雄

 「統一原理補講」は、1993年7月から1994年8月にかけて、あの伝説のメディア『氏族教会FAX-NEWS』に掲載されたシリーズです
 執筆者は、これまた伝説の原理講師、佐野邦雄氏です。30年の時を超えてよみがえる原理学習ページ。統一原理学習の補助教材としてご活用ください。(一部修正加筆し、小見出しを付け、読みやすく改訂しました)

(1)実体基台
 アブラハムとイサクの心情一体化により、イサクはアブラハムの使命を受け継ぎます。彼の身代わりの立場で雄羊の献祭(象徴献祭)に成功し、「信仰基台」を復帰することができたのです。
 故に、イサクを中心として「メシヤのための基台」を立てるには、さらに彼の子エサウとヤコブをカインとアベルの立場に分立して「実体献祭」をささげ、「実体基台」を復帰しなければなりませんでした。

 そこで、アベルの失敗、ハムの失敗を蕩減復帰すべき立場にあったヤコブは、サタンからのあらゆる試練と迫害に耐えて勝利の条件を立てなければならず、その生涯は実に波乱の連続となったのです。

・誕生する時から双子であった兄エサウと争いながら生まれた。

・エサウから長子の嗣業(しぎょう/長子権)と神の祝福を奪い、殺されるところを母リベカの協助を得てハランの地に逃れた。

・伯父ラバンのもとで僕の立場から出発して21年間の苦役路程を歩んだ。

・ハランを脱出する時、追撃を受けるが、妻ラケルの協助を得て難を逃れた。

・カナン復帰する際、ヨルダン川の支流ヤボクの渡しにて天使と組み打ちをし、命懸けで天使に勝利した。

・カナン復帰の途上、エサウが400人の部下を率いて、迎え撃とうとした。

・末子ベニヤミン出産の際、最愛の妻ラケルを失った。

・愛する息子ヨセフを兄弟たちの陰謀により失った。

・晩年はアブラハムの失敗を蕩減するために異郷の地エジプトに移住して、そこで生涯を閉じなければならなかった。

 このようにヤコブの生涯は試練の連続でありましたが、神への絶対的信仰でそれらを乗り越えていきました。

 ヤコブは、エサウから個人的レベルで長子権を復帰し、ハラン21年苦役を通じて家庭的に長子権を復帰、さらに天使との組み打ちに勝利することにより、実体で天使(万物)に対する主管性を復帰します。

 このことにより、ヤコブは三大祝福を復帰する象徴的条件を立ててイスラエルの称号を受けたのです。

 その結果、カナンの地へたった後、ヤコブはカインの立場にある兄エサウを前にハランで得た財物をささげ、4組の妻子を伴って僕(しもべ)のようにへりくだって7拝の敬礼をなしました。そのようにして、兄エサウを愛する条件を立てました。
 その姿を通して兄エサウの長年の怒りが解かれ、自ら走りよって弟ヤコブを抱いて歓迎したのです。

 このようにして、アダム家庭以来一つになることのできなかったアベル・カインの実体基台は、イサクの家庭にあって初めて復帰され、「家庭的メシヤのための基台」が成就しました。

2)試練と恩賜
 以上のことから、神が中心人物に勝利をもたらしてくださるためには、必ず試練が前提となることが分かります。
 ヤコブの路程には、数多くの迫害や苦難の歩みがありましたが、知恵を身に付け、忍耐や謙遜な心を養って、兄エサウを実体的に屈伏させることができたのです。

 それでは、なぜ試練や迫害が必要なのかを考えてみましょう。

 神が中心人物を立てて摂理を進められる主体であることは言うまでもありません。
 しかし、それをいつも阻むサタンが存在し、中心人物を巡っての抗争が繰り返されてきました。

 サタンは、元来、神が創造した善なる天使長が堕落した存在ですから、神はこれを消滅させてしまうことはできません。
 堕落は天使長ルーシェルがエバを誘惑することから始まったものですが、堕落の責任はどこまでも神から愛を受けていたアダムとエバがその愛を持って天使長を主管することができなかったところにあります。

 そのため、堕落した天使長はサタンとなって、神から愛される立場にあるアベル的存在(中心存在)に対し、いつも絶対的愛の基準を求め、その責任を追及してきたのです。
 そしてその内容が不十分である場合、それは讒訴(ざんそ)となり、怨(うら)みとなり、迫害となって現れるのです。

 それに対し、カイン的存在(サタン)を真の愛で主管し自然屈伏していかなければならないのは、どこまでも人間の責任分担ですから、神はこれを容認するのみならず、むしろカインをそのように反対する側に立ててアベルを試練するのです。

 イエスが使徒たちに対して、「汝(なんじ)の敵をも愛せ」と言われた理由もそこにあります。
 そして神はこのことを通して人間のみならず、サタンまでも共に復帰しようとなさるのです。

 神の側に立つ信仰者や義人が常に世の人々から誤解され、中傷や迫害を受け続けてきたのは、反対する側の問題以上に、打たれる側の信仰が問われていることを知る必要があります。

3)勝利者の道
 ヤコブは神から受けた啓示に基づき、知恵と忍耐の心を持って勝利者(イスラエル)の典型路程を残しました。
 しかし先に述べたように、最初の摂理で神の心情に立つ真の愛の勝利的基準を確立していたら、もっと短期間に勝利をもたらしていたことでしょう。

 例えば、兄エサウに対しても、家庭内で母リベカと一つとなり、謙虚に接し、感動させ、負債まで抱かせる基準を立てていたら、怒らせることなくエサウからその嗣業を得て、神の祝福を受けることができていたことでしょう。
 そうすれば、あえてハランでの苦役を経ずとも三大祝福を復帰する道が開かれたことでしょう。

 知恵あるサタンを屈伏させる道とは、どのような逆境にあっても、そして見捨てられるような立場にあったとしても、真の愛によって犠牲の道を貫く姿があるとき、サタンは自分の中にない絶対的な愛に触れて、初めて心を開くのです。

 サタンを屈伏させる道とは、真の父母様に見られるごとく、どれほどの迫害と中傷を受けてもなお、相手のために投入し、尽くしていく道です。
 それを知って、私たち一人一人も真の愛の勝利者を目指していきましょう。



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