2023.07.04 22:00
スマホで立ち読み Vol.24
『祝福結婚と原罪の清算』11
太田朝久・著
スマホで立ち読み第24弾、『祝福結婚と原罪の清算』を毎週火曜日(予定)にお届けします。
ここでは第4章「原罪の清算」を紹介します。
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第四章 原罪の清算
二、血統転換(重生)とは何か
「重生」の本質的意味
人類は堕落することで、偽りの血統に生み変えられたわけですから、今度は、神の愛の因縁圏を中心として、再び、神の血統へと生み変えられなければなりません「統一原理」では、再び生み変えられることを「重生」といいます。
さて、「再び、生み直される」と聞くと、先ほども述べたように、私たちは、ややもすると、それを生物学的な意味でとらえてしまいやすい傾向性をもっているようです。
かつて2000年前においても、パリサイ派の教師ニコデモがそのように考えてしまったというエピソードが、聖書に記されています。
パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。この人が夜イエスのもとにきて言った、「先生、わたしたちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生(うま)れなければ、神の国を見ることはできない」。ニコデモは言った、「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」。イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。あなたがたは新しく生れなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない……」。ニコデモはイエスに答えて言った、「どうして、そんなことがあり得ましょうか」。イエスは彼に答えて言われた、「あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか……」。(ヨハネによる福音書3章1〜10節)
現代の私たちも、この「重生」の概念について考えるとき、2000年前のニコデモと同じように“生物学的な意味”でとらえてしまう人が、意外と多くいるようです。
けれども、何度も言いますが、堕落によって血統が転換されたにしても、エバもアダムも思春期を過ぎ、ある程度まで成長した年齢の姿のままでサタンの血統に転換されたのであり、それは、生物学的な意味での“肉体”や“血統”が変化して転換されたというわけではないのです。したがって、再び生み変えられて神側へ血統転換するにしても、生物学的な意味で血統が転換されていくわけではない、ということを知らなければなりません。
前掲した御言(みことば)に、「外的なお父様と内的なお父様が、愛の焦点で一体となることができ、接ぎ木することのできる時間が、アダムとエバが神様を中心として、一つの体となる結婚式の初夜の愛の時間だった」、「(生殖器は)最も貴重なものです。結婚して、初夜の晩に夫婦がそれを合わせるときに、愛が連結されます。……ここでもって、男女の二人の生命が連結されます。……愛と生命と血統は三位一体です」とあったように、どのような愛の因縁圏を中心として、夫婦が初愛の関係を結び、愛と生命と血統に連結されるのかというところに、“血統転換”の本質的な意味があるのです。
このようにして、真(まこと)の父母を中心に、堕落と反対の経路を通して祝福を受けた夫婦が、夫婦の愛の因縁を結ぶことによって、血統転換がなされていくのです。
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次回は、「血統転換で重要な心情一体化」をお届けします。
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『祝福家庭と神の血統』(光言社刊)