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スマホで立ち読み Vol.24
『祝福結婚と原罪の清算』10

太田朝久・著

(光言社・『祝福結婚と原罪の清算』〈2005715日初版発行〉より)

 スマホで立ち読み第24弾、『祝福結婚と原罪の清算』を毎週火曜日(予定)にお届けします。
 ここでは第4章「原罪の清算」を紹介します。

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第四章 原罪の清算

二、血統転換(重生)とは何か

堕落による悪なる血統転換

 ところが、人間始祖アダムとエバは、サタンの“偽りの愛”を中心として一体化し、堕落してしまいました。

 まず、エバが、天使長ルーシェルと“偽りの愛”で一体化することで、エバは霊的に死んで、新しく“サタンの生命”を受け、サタンの妻として接ぎ木され、生み変えられてしまいました。

 そして、次に、堕落した天使長ルーシェルの“偽りの愛”を中心として、堕落エバとアダムが夫婦関係を結ぶことを通じて、アダムまでが“サタンの生命”を受け、サタンの子女として生み変えられ、サタンの血統が植えられてしまったのです。このことは、サタンの偽りの血統へ転換されてしまったことを意味しています。

 このことについて、真のお父様は次のように語っておられます。

 「堕落の責任は、サタンを中心として、エバから始まり、アダムに移りました。すなわち、偽りの生命の種を受けたエバの立場からすれば、神様に代わってサタンが父の位置でエバと(一体となって)、アダムを生んだ立場となり、堕落がなされました。こうして、エバは、天使長とアダムを各々父と息子のような立場に立てて堕落したので、蕩減(とうげん)復帰路程で探し立てられたエバの立場にいる全女性は、生命を捧げても、神様の御旨(みむね)の継代を継がなければなりません」(1992410日)

 「堕落の経路において、サタンとなった天使長が、堕落したエバに新しい生命を与えました。そして、堕落したエバが、アダムへ堕落の生命を与えたのです」(1979513日)

 まさに、堕落によって、アダムとエバは、サタンを中心とする偽りの生命体に生み変えられ、サタンの血統へと“悪なる血統転換”をしてしまったのです。

 「血統的に、サタンの愛から始まったがゆえに、神様の愛を中心とした神様の血統が定着できる、根本的な起源ができていないのです。堕落によって、サタンを中心としてエバとアダムがついて行き、カインとアベルがついて行きました。……そのために今まで、真の愛と真の血統がなかったのです。血統は、必ず愛を通して、夫婦を通してつながるのです。

 問題は何かというと、救いの摂理を中心として見たとき、アダムとエバの偽りの愛から始まったがゆえに、真の愛を中心としたアダムとエバをいかに立てるかということが、救いの摂理の目的になるのです。……どのように血統転換をするかということです。そこに真の愛をどう接ぎ木するかということです」(1993110日)

 「エバが堕落して、アダムまで堕落させました。神様が入っていって暮らすことができる所に、サタンがさっと入っていき、血統を通して愛し、三代をつくってしまったのです! 血統が間違いました。偽りの愛の結婚式を行って、偽りの血統を受け継いだので、これを抜いてしまわなければなりません」(2003310日)

 さて、ここで、私たちがはっきりと認識しておかなければならないことは、霊的堕落、肉的堕落によって、人間始祖アダムとエバは、サタンの血統へ生み変えられたことは間違いありませんが、その悪への血統転換によって、堕落したアダムとエバに生物学的な意味での変化は一切起こらなかった、という事実です。

 つまり、もう一度、母の胎内に戻って、生物学的な意味で、赤ちゃんとして生み直されたとか、物質的変化によって肉体的レベルで血統が変わったというわけではありません。

 すなわち、『原理講論』に、堕落したアダムとエバが、死んだのは事実であった。しかし、彼らには、外形的には何らの異変も起こらなかったのである。変わったことがあるとすれば、不安と恐怖によって、瞬間的に彼らの顔色が変わる程度であっただろう。ゆえに、堕落した人間が善悪の果を取って食べた以前の人間に復活するとしても、その外形上には何らの変化も起こらない。(214ページ)と明確に記されており、堕落によって血統転換されたとしても、生物学的な観点から見れば、外形的、肉体的に何の変化もなかった、という事実です。

 ところで、真のお父様は、人間始祖アダムとエバが、愛を中心として神と渾然(こんぜん)一体となり、神の血統に“接ぎ木”されるその瞬間について、次のように語っておられます。

 「アダムとエバが堕落しなかったならば、間違いなくアダムとエバは、神様の愛を中心とした血筋(血統)が連結された立場に立っていたのであり、そうすれば、内的お父様、外的お父様となったものを……。

 絶対的な神様の愛と一つ所で暮らす人類の肉的な先祖が一つになって、外的なお父様と内的なお父様が、愛の焦点で一体となることができ、接ぎ木することのできる時間が、アダムとエバが神様を中心として、一つの体となる結婚式の初夜の愛の時間だったのです。それを失ってしまいました。

 ですから、神様は、人間に対して夫婦の愛を植えようとされたのですが、植えることができる場をもつことができずに、失敗した神様であられるのです」(200086日)

 「(生殖器は)最も貴重なものです。結婚して、初夜の晩に夫婦がそれを合わせるときに、愛が連結されます。愛がそこから始まるのです。一人ではできません。一人では愛は出てきません。これが愛の根源です。……愛の本宮(ほんぐう)です。……生命の出発地、生命の本宮なのです。……ここでもって、男女の二人の生命が連結されます。……愛と生命と血統は三位一体です。離すことはできません。

 ですから、愛する人はみな、生命力の復活を運んでくるのです。愛する相対を思うと、火がつくでしょう? ……愛の本宮であり、生命の本宮です。そして、その次は何でしょう。血統の本宮です。ここから、喜々楽々、すべての幸福が始まります。……ここが脱線してしまったがゆえに、すべてが壊れてしまったのです」(1994411日)

 結局、愛と生命と血統という観点から見るとき、アダムとエバの二人が、何を中心として愛と生命と血統の関係を結び、何と渾然一体となって接ぎ木されるのかが、重大な問題であったということです。アダムとエバが堕落せずに結婚し、初愛を迎えたなら、彼らは神と渾然一体となり、神の直接主管圏に入っていたのです。彼らが、真の愛と生命を相続すれば、神の血統に完全直結され、その場に神が臨在していたのです。

 結局、アダムとエバが、神かサタンか、いずれの愛を中心とするかによって(肉体レベルでの変化は一切ないのに)神の血統になったり、サタンの血統になったりするということです。ゆえに、血統転換は、どのような愛の因縁を中心に初愛を迎えるのかが重要です。

 ところが、アダムとエバは、天使長(サタン)の“偽りの愛”を中心として夫婦関係を結んで堕落することによって、“偽りの生命”に生み変えられ、サタンの“偽りの血統”へ転換(悪なる接ぎ木)されてしまったのです。

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 次回は、「『重生』の本質的意味」をお届けします。

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