2023.05.17 17:00
スマホで立ち読み Vol.23
『み言に学ぶ統一原理【後編】』9
スマホで立ち読み第23弾、『み言に学ぶ統一原理【後編】』を毎週水曜日(予定)にお届けします。
本書は文鮮明(ムン・ソンミョン)先生が統一原理について語られた内容を『原理講論』と同じ章構成でまとめたみ言集の後編です。
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緒論について
第二節 復帰摂理歴史と「私」
(一)縦的な歴史を横的に蕩減復帰する「私」
今いる私たち個々人の存在というものは、私たちの過去20年、30年だけの結果ではありません。人間始祖アダムとエバからつながっているのです。川で例えれば、急流や、広々とした川のゆるやかでとうとうとした流れ、滝、カーブなど、様々な状態や様相があります。そのような流れの一場面に当たるのが、今の私たち一人一人の存在です。(1975.7.13)
私たちは、復帰途上の縦的な歴史を横的に蕩減(とうげん)しなければならない責任があります。アダム一人が成し遂げるべき基準を成し遂げられなかったので、再び家庭的アダム、氏族的アダム、民族的アダム、国家的アダム、世界的アダムが出てきて蕩減復帰をしなければなりません。私たちは、縦的な蕩減条件を横的に立てていくにおいて、個人的な闘いで勝利し、家庭的な闘いで勝利し、氏族的、民族的、国家的、世界的な闘いでも勝利しなければなりません。(14-143、1964.9.18)
6千年に千年を合わせた7千年を、7年で蕩減するのです。これが公式なので、堕落した人間は、誰もが七年路程を経ていかなければなりません。この期間を越えれば、どのようなことでも収拾が可能になります。その7年が、縦的な歴史を横的に蕩減するにおいてかかる期間です。この公式的な路程は、子女として誰もがみな歩んでいかなければなりません。(21-209、1968.11.20)
現在の皆さんは歴史的結実体ですが、歴史的な氏族を中心とする結実体です。皆さんは、善の先祖たちがいて、その先祖たちの功績によって先生と出会ったのです。皆さん自身が先生に出会いたいと思ったから出会ったのでもなく、皆さん自身が優れているから出会ったのでもありません。皆さんが誰を通して生まれたとしても、その先祖が功績ある歴史の一分野と関係があるのです。
皆さんの目も、皆さんの目ではありません。誰であっても、その顔を見れば、彼の母親に似ていたり、彼の父親に似ていたり、彼の祖父に似ていたり、彼らの姿の一部分くらいは似ているのです。それをすべて分析してみれば、皆さんの数千代の先祖の血統がすべて宿っているのです。どの細胞でも、すべてそのようになっています。(46-151、1971.8.13)
私たちは、どのような存在でしょうか。今日の私が生まれるまでに、神様が6千年間の世界的な闘いを経て苦労されたことを知らなければなりません。このような神様の苦労によって探し出された自分です。ですから、皆さんは、皆さんを育ててくださった神様の恩恵を忘れてはいけません。また、神様の苦労を一身に負った祭物だということを自ら感じられなければならないのです。
そして、皆さんを探し立てるための苦難の道、厳しく困難な闘いの道を経てこられ、語ることのできない神様の怨恨と嘆息があったことと、数千、数万の先祖たちの血の犠牲があったという事実を知らなければなりません。それだけでなく、私たちを救うために苦労された神様の愛の心情を感じることができる息子、娘にならなければなりません。(2-293、1957.6.23)
皆さんは、自分の心と体と万物を収拾しなければなりません。自分の心の中に神様の愛が臨在できなければならず、体はこの地上でイエス様が実践していたようにしなければなりません。イエス様と聖霊が2千年間役事していた内容を実践しなければならないというのです。このような立場で先生は、世界的な使命を果たし、皆さんは氏族的な使命を果たさなければなりません。全体が行くことのできる道を先生が築いておきましたが、これからは、皆さんが収拾していかなければなりません。(21-209、1968.11.20)
イエス様の希望の存在である皆さん一人一人の行動は、決して皆さん一個体を中心とする個人の行動ではなく、6千年間たまってきた天の事情を解かなければならない歴史的な結実体としての行動であることを悟らなければなりません。このような個体としての皆さんの前には、預言者、イエス様、聖霊、神様の無限の嘆息が宿っていることを知らなければならず、4千年にわたる神様の怨恨を一身に負ったイエス様の希望と、2千年を通した聖霊の希望が宿っていることを知らなければなりません。(2-147、1957.3.24)
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次回は、「復帰原理を学ぶ目的」をお届けします。お楽しみに!