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愛の勝利者ヤコブ 16

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「愛の勝利者ヤコブ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 どの聖書物語作者も解明し得なかったヤコブの生涯が、著者の豊かな聖書知識と想像力で、現代にも通じる人生の勝利パターンとしてリアルに再現されました。(一部、編集部が加筆・修正)

野村 健二・著

(光言社・刊『愛の勝利者ヤコブ-神の祝福と約束の成就-』より)

父と子の信仰の勝利②

 ともあれ、三日目に神が示された場所を確認すると、アブラハムは従者とろばをそこに残し、イサクだけを伴って、燔祭(はんさい)に用いるたきぎを背負わせ、自らは手に火と刃物を握ってモリヤの山に登っていった。

 「お父さん」とイサクは呼んだ。

 「なんだね、わたしはここにいるよ」

 アブラハムは努めて心の動揺を見せまいと、心を遣いながら優しく答えた。

 「火とたきぎはあるけれど、いけにえにする小羊はどこにあるの」

 「心配しなくてもいい。神様がご自分で用意してくださるだろう」

 アブラハムはそう答えるより仕方がなかった。

 あとは無言のまま、石を積んで祭壇を築き、その上にたきぎを並べ終わると、アブラハムはイサクを縛り上げた。イサクは父が何でそんなことをするのか理解できず、いぶかしげに父の顔を見上げる。しかし抵抗もせず、ただアブラハムのなすがままにしていた。イサクは父を信じ切っていたのである。

 しばらくためらったのち、アブラハムは気が遠くかすんでいきそうになる自分を自分で励まし、渾身(こんしん)の力を振りしぼって、ずっしりと重いイサクの体を一思いにたきぎの上に載せるや否や、震える手に刃物を握りしめ、目をつむってイサクの心臓と覚しきあたりに刃を振り下ろそうとした。

 「待て」

 とその瞬間、天から声がかかった。

 「アブラハム」

 アブラハムははっとしてその手を途中でとどめた。

 「アブラハムよ」

 いっそう強くはっきりとその声は彼の名を呼んだ。

 「はい、ここにおります」

 「もうよい。子どもに手をかけてはならない」

 はっとしてあたりを見まわすと、そこには燦然(さんぜん)とした光に包まれて、神の代理者である天使が立っていた。その口を通して神は、次のようにアブラハムに語りかけられたのである。

 「お前はたった一人の子をささげることさえも、わたしのために惜しまなかった。そのことからわたしは、お前がもういい加減な気持ちでわたしに従って来ているのではないことがはっきり分かった」と。

 聖書にはもっとはっきりと、「あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」(創世記2212)と記されている。これは裏から言えば、それまでのアブラハムの心にはどこかに神に対する甘えが残っていて、彼がどれほど重大な使命を神から託されているかということを十分認識しておらず、神が彼にすべてを任せ切れるほど真剣にはなっていなかったということを示すものでもある。

 その真剣さの欠如が一体どこに現れていたか。それは、この先、聖書に秘められた謎を一つ一つ解き明かす過程において明らかにされてくる。いずれにせよ、ここで初めて、アブラハムは神から完全に信頼される者となるのである。

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 次回は、「父と子の信仰の勝利③」をお届けします。