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日本人のこころ 69
宮脇昭『鎮守の森』

(APTF『真の家庭』290号[202212月]より)

ジャーナリスト 高嶋 久

ふるさとの木でふるさとの森を
 世界的な植物生態学者で「ふるさとの木によるふるさとの森づくり」を提唱し、内外で実践してきた横浜国立大学名誉教授の宮脇昭さんが昨年7月16日、93歳で永眠しました。東日本大震災の後、津波で失われた海岸林を再生しようと、地域の人たちと植林していた姿を思い出します。2000年、国際生態学センター長だった宮脇さんにインタビューした折、キーワードの「鎮守の森」について次のように語っていたのが印象的でした。

 「神社や寺院を囲んでいる鎮守の森は古くから人々に大切に守られ、人々の生活に深くかかわってきました。すべてのものに神仏が宿るとする日本人の心性や祖先崇拝という魂の問題にまで及び、日本の伝統文化に通じる深い意味があります」

 宮脇さんは昭和3年、岡山県の生まれ。田んぼの草取りに苦労している両親を見て、雑草の研究をしたいと思ったのが生態学者への出発でした。広島文理科大学理学部を卒業し、ドイツ国立植生図研究所研究員、横浜国立大学教授などを経て、同大名誉教授になります。アマゾンや東南アジアなどで熱帯林の再生に取り組み、2006年には、地球環境保全に貢献した研究者や団体に贈られる「ブループラネット賞」を受賞しています。

 宮脇さんに大きな影響を与えたのが、「潜在自然植生」という概念を発表していたドイツ国立植生図研究所所長のラインホルト・チュクセン教授で、宮脇さんの雑草の研究論文に注目し、ドイツに招いてくれたのです。宮脇さんは教授から、文献よりも自然から自分の体を通して植物の実態を学ぶことの重要さを叩き込まれ、それが数十年かけた日本列島やアメリカ東海岸の植生地図の製作につながります。

 宮脇さんは「緑化で大事なことは、その土地本来の多様な樹木を混植・密植することで、そうすれば3年後には管理費がいらず、千年も生き続ける本物の森になります。大事なのは土地本来の森の主役と脇役の樹種を選ぶことで、森の主役になる本物の木は厳しい環境にも耐えて生き延びるので、主役を支えるように脇役の木を植えるのが基本です」と情熱的に語っていました。

 当時、少しずつ農業にかかわり始めていた私は、宮脇さんの話が実感的に理解でき、心の問題にも生態学的な視点が必要だと思うようになりました。

▲宮脇昭氏の著書『鎮守の森』(新潮文庫)

鎮守の森のドングリでポット苗
 ふるさとの木による森づくりを最初に取り入れた企業は新日本製鐵で、1970年代初め、大分製鉄所においてでした。埋立地のため地下水の水位が高く、成木を植えても根が窒息して、頭から枯れ始めていたことから、宮脇さんに協力を依頼してきたのです。

 近くの宇佐神宮にイチイガシやタブノキなどの鎮守の森があったので、そこで拾ったドングリでポット苗を作り、土を盛って移植したところ、20年後には立派な環境保全林に育ちました。以来、各地の新日鐵の製鉄所でも実施されています。企業による鎮守の森づくりは東京電力、関西電力、本田技研、東レ、三井不動産、三菱商事などに広がり、イオングループでは海外を含む数百の店舗で市民参加の植樹を行っています。

 万里の長城沿いの森の再生で宮脇さんは、それまでの調査からモウコナラが主役になると提案しました。北京市の担当者はモウコナラなどもうないというのですが、ある林業試験場の古老の記憶を頼りに探しに出かけ、小さなモウコナラ林を見つけたのです。そこで、80万粒のドングリを採集してポット苗を作り、日本からも参加したボランティアと共に移植したところ、100%近く発芽したそうです。

 日本の丘陵や低山地の大部分は常緑広葉樹林帯に属し、主な樹種はシイ、タブノキ、カシなどで、北海道、東北、長野の山地など寒い地帯は、ブナ、ミズナラ、カエデなどの落葉広葉樹林です。自然状態では針葉樹は広葉樹林のすき間に生育し、広葉樹よりも競争力がやや劣るので、尾根筋、急斜面、谷筋などに広葉樹にまじっていて、大木になると古くから建築に使われてきたのです。

 建材になるスギやヒノキなどの針葉樹は、戦後の住宅需要に迫られ、全国的に植林が進められましたが、20年間は下草刈りや枝打ちなどの手入れが必要で、売れる時期には外材にコスト競争で負けるようになったのです。マツ林は山火事やマツクイムシの被害で枯死が広がり、スギ林は花粉症の原因になり、根が浅いため台風で倒れ、災害をもたらすようになりました。

 それらから宮脇さんは、広葉樹と針葉樹の「混植・密植型植樹」を提唱し、生態学的な自然の森づくりを進めてきたのです。禅宗の一つ曹洞宗では、横浜にある総持寺をはじめ全国の寺で、宮脇方式の植樹に取り組みました。ふるさとの木によるふるさとの森づくりは、SDGs(持続可能な開発目標)のさきがけで、日本の風土、日本人の心性に合った環境活動として、改めて評価されています。

 現在、私は生まれ故郷の自治会で、宮脇さんの教えを思い出しながら、仲間と農業と共に里山づくりに取り組んでいます。

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