https://www.kogensha.jp/

「性解放理論」を超えて(46)
ジャック・デリダ②~脱構築

 「統一思想」すなわち「神主義」「頭翼思想」によって生きるのか、神の言(ことば)を否定する思想を選択するのか…。
 『「性解放理論」を超えて』を毎週月曜日(予定)にお届けします。

---
大谷明史・著

(光言社・刊『「性解放理論」を超えて』より)

五 ポスト構造主義を超えて
(三)ジャック・デリダ

2)脱構築
 脱構築とは、読み手の側から、書かれたものに対して、書き手の意図から離れて、新たな意味を構築することを言います。スチュアート・シム(Stuart Sim)によれば、脱構築の基本的前提となっているのは次の三つです(※38)。

(i)言語は、意味の不安定さと確定不能性を深い刻印として抱えている。

(ⅱ)そのような不安定さと確定不能性がある以上、いかなる分析方法(哲学もしくは批評など)も、テキストの分析に関して権威を主張できない。

(ⅲ)それゆえ、解釈は自由な広がりをもつ行為となり、一般的に了解されている分析という作業よりも、ゲームに近い行為になる。

 デリダの言う脱構築の性格を列挙すれば、次のようです。

a. ずらし、変形するもの
 「それは、言語的、概念的、心理学的、テクスト的、美学的、歴史的、倫理的、社会的、政治的、そして、宗教的風景を激しく揺さぶり、ずらし、変形してしまおうとするものなのだ(※39)」。

b. 寄生するもの
 「脱構築にはどこか本質的に寄生的なところがある。デリダがこう述べているように、“脱構築とはつねに寄生についての言説である”(※40)」。

c. 分裂、亀裂を生むもの
 「一見したところ明白に単純な言明であったとしても、分裂ないし亀裂を免れられない。……“原子[分割不可能なもの]など存在しない。”……すべては分割可能である(※41)」。

d. 決定不可能性を導入するもの
 「脱構築は、……ロゴスの法のなかに決定不可能性を再導入することによって、決定不可能なものの経験のなかで別の決定がなされることを要求する(※42)」。

e. あらゆる規範を疑問に付すもの
 「道徳や政治家から受け継いだあらゆる規範(コード)を疑問に付す、それが脱構築である(※43)」。

f. 物事を曖昧にするもの
 「無駄な言葉を饒舌(じょうぜつ)に語りながら、物事をあいまいにする。それにもっとも適しているのが、脱構築の理論である(※44)」。

 脱構築は、このように破壊的、否定的なものです。ところが一方で脱構築に対して、次のような弁解的な肯定的な主張もなされています。

a. 脱構築は正義である
 「もしも正義それ自体というようなものが、法の外あるいは法のかなたに存在するとしたら、それを脱構築することはできない。同様にまた、もしも脱構築それ自体というようなものが存在するとしたら、それを脱構築することはできない。脱構築は正義なのである(※45)」。

b. 脱構築は愛である
 「愛はドラッグである、デリダにとって。脱構築は、と彼は示唆する、“愛なしには決して始まらない。”あるいは、より簡潔な言い方をするなら“脱構築は愛である”(※46)」。

c. 脱構築は肯定的である
 「ハイデガーの“破壊”“解体”、あるいは“形而上学(けいじじょうがく)の克服”が単なる否定や批判ではなかったように、デリダの脱構築も否定的なものではない(※47)」。

 脱構築とは、読み手の側から、書かれたものに対して、書き手の意図から離れて、新たな意味を構築するのだと言いますが、書かれたものがどんどん変化し、多様化していくのではありません。デリダは、脱構築によって、あたかも書かれたものがどんどん変質していくかのように語っていますが、書かれたものは不変であり、著者の意図も不変です。読む人の解釈に多様性があるということにすぎないのです。

 脱構築はまた、ずらし、変形し、かき乱し、曖昧にするものであると言いますが、一方で脱構築は、愛であり、正義であり、肯定的なものであると言うのです。ずらし、変形し、かき乱し、曖昧にするという脱構築が、いかにして愛であり、正義であり、肯定的なものになり得るのでしょうか。

 これはマルクス主義の唯物弁証法が「対立物の統一と闘争によって発展する」と主張した論理と同じものです。唯物弁証法の本質は「闘争によって発展する」ということですが、闘争だけを言えば、人々に不安を与える恐れがあるので、あえて統一とか、平和を前面に持ってきたのです。それと同様に、脱構築は破壊の思想であると言えば、人々から受け入れられにくいので、脱構築は愛であり、正義であり、肯定的であるなどと弁解しているのです。しかし本質は、やはり破壊の思想です。マルクス主義は資本主義社会を破壊する思想でしたが、デリダの脱構築は伝統的な哲学(形而上学)を破壊する思想なのです。

---
38 スチュアート・シム、小泉朝子訳『デリダと歴史の終わり』岩波書店、200633
39 ニコラス・ロイル、田崎英明訳『ジャック・デリダ』青土社、200657
40 同上(205
41 同上(56
42 高橋哲哉『デリダ』(245
43 ポール・ストラザーン『90分でわかるデリダ』(93
44 同上(110
45 高橋哲哉『デリダ』(189
46 ニコラス・ロイル『ジャック・デリダ』(266
47 上利博規『デリダ』(77

---

 次回は、「ジャック・デリダ③~差異(ズレ)」をお届けします。


◆『「性解放理論」を超えて』を書籍でご覧になりたいかたはコチラ