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「性解放理論」を超えて(45)
ジャック・デリダ①~エクリチュールとパルマコン

 「統一思想」すなわち「神主義」「頭翼思想」によって生きるのか、神の言(ことば)を否定する思想を選択するのか…。
 『「性解放理論」を超えて』を毎週月曜日(予定)にお届けします。

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大谷明史・著

(光言社・刊『「性解放理論」を超えて』より)

五 ポスト構造主義を超えて
(三)ジャック・デリダ

 デリダが目指していたのは、哲学(形而上学〈けいじじょうがく〉)に疑問を突きつけ、哲学を尋問することでした。デリダにとっての「哲学」とは、通常の意味での哲学ではありません。哲学に疑念を突きつけることこそ、デリダの言う「哲学」なのです。以下にデリダの思想の要点と、それに対する「統一思想」の見解を述べます。

1)エクリチュールとパルマコン
 プラトンの『パイドロス』(Phaedrus)には文字の発明の物語があります。そこには、書かれた言葉に関する、ソクラテスとパイドロスの次のような対話があります。

 ソクラテスの言葉─「言葉というものは、ひとたび書きものにされると、……転々とめぐり歩く」─に対してパイドロスは、「あなたの言われるのは、ものを知っている人が語る、生命をもち、魂をもった言葉のことですね。書かれた言葉は、これの影であると言ってしかるべきなのでしょうが」と問いかけ、ソクラテスは「まさしくそのとおりだ」と答えます(※30)。

 ロゴスは、その背後に息子のために弁じ、責任を取ってくれる父がいるから「正嫡子(せいちゃくし)」と呼ばれるが、父がいなくなれば、言葉はあやしげなミュトス(mythos)や「魂をもたない」記号になり、「転々とめぐり歩く」私生児になる、というのである(※31)。

 このプラトンの『パイドロス』からヒントを得て、デリダは、話された言葉を意味するパロール(parole)と、書くこと、書く行為、また書かれたものを意味するエクリチュール(écriture)を対比して論じています。パロールは真正の言葉であるのに対して、エクリチュールは頽落(たいらく)した言葉であると言います。すなわち、高橋哲哉によれば、「パロールは魂、内面性、記憶、生、現前、真理、本質、善、まじめ、父(法)との正常な関係に対応し、エクリチュールは物質、外面性、想起、死、不在、虚偽、見かけ、悪、ふまじめ、父(法)からの逸脱(私生児性)に対応する(※32)」と言うのです。そして「パロールにはそのテロス、目的論的な本質があり、真理、知識、生命に満たされた、充実したパロールがその理想となっているのである(※33)」と言います。

 デリダの言うエクリチュールとは、パルマコン(pharmakon)、つまり治療薬でもあれば毒薬でもあり、治療薬に見えながら実は毒薬なのです。

 高橋哲哉は、デリダの考えを次のように説明しています。至高の主体である神は書く必要がありません。神は自己自身のうちで絶対的に充実しており、他者との関係を必要としないのです。王は書くことなく語る主体であって、自分の声をただ書き取らせるだけです。ソクラテスも何ひとつ書かず、ただプラトンにその声を書き取らせただけでした。しかるに言葉は書かれることによって、その真理性を失うと言うのです。つまり、「エクリチュールこそ、哲学者を外部に連れ出す妙薬(パルマコン)であり、彼を本来の軌道から逸脱させる毒薬(パルマコン)※34」なのです。

 ポール・ストラザーン(Paul Stranthern)は次のように説明しています。デリダによれば、「書くこと(エクリチュール)はそのつど、消失、後退、抹消、巻上げ、消耗のようなものとしてあらわれてくる(※35)」のであり、デリダの狙いは、「書くこと」、「書かれたもの」、つまり「エクリチュール」を全て粉砕することです。つまり、全ての「エクリチュール」、全ての「テキスト」には、ある狙い──独特の形而上学的な前提──が隠れていることを証明し、粉砕しようとしたのです(※36)。かくしてデリダは、書かれた思想の真理性をことごとく破壊しようとしました。正に「パルマコンの毒を世界中にばらまくデリダ!(※37)」と言われるゆえんです。

 デリダによれば、話された言葉であるパロールは真正の言葉(ロゴス)、正嫡子であるのに対して、書かれた言葉であるエクリチュールは頽落した言葉(ロゴス)、私生児であると言います。

 確かに、話された言葉が一次的であり、書かれた言葉が二次的です。しかし前者が真正の言葉、後者が頽落した言葉というのは誤りです。一般的に、話された言葉は曖昧である場合が多く、書かれた言葉はそれを論理的に整理したものであり、明瞭になっているのです。また話された言葉は、書かれなければ、消え去っていくしかないのです。

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30 プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967136-37
31 上利博規(あがりひろき)『デリダ』清水書院、200186
32 高橋哲哉『デリダ』講談社、200375
33 同上(73
34 同上(63
35 ポール・ストラザーン、浅見昇吾訳『90分でわかるデリダ』青山出版社、200278
36 同上(36
37 高橋哲哉『デリダ』(117

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 次回は、「ジャック・デリダ②~脱構築」をお届けします。


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