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宮から商売人を追い払う

(光言社『FAX-NEWS』通巻837号[2003年9月21日号]「四大聖人物語」より)

 『FAX-NEWS』で連載した「四大聖人物語」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部が加筆・修正)

▲山上の垂訓(ウィキペディアより)

 イエスは弟子たちを従え、教えを伝えながら、町々村々を通ってエルサレムに向かいます。

 そのときの教えに、イエスがエルサレムを指して、「めん鳥がひなを羽の下に集めるように、私はお前の住民を何度集めようとしたことか」と悲しむ言葉があります。

 イエスの並々ならぬ愛情と、神のみ旨にとってエルサレムが必要だという切実な思いを表しています。

 神の国を建設するためには、政治的中心である首都を神のものにして、宗教と政治を一つにしなければなりません。

 イエスは、すべての民は神の意志に帰依するべきだという思いに溢れ、そのときは今しかなく、方法も直ちに自分を信じるか、それとも十字架にかけるか、というぎりぎりの選択を迫ったのでした。

 イエスは成功率を考えた現実的な方法はとりません。もっとうまい言い回しをしよう、とも考えません。

 そのイエスに時がなくなったのです。「今をおいてチャンスはない。私を信じよ」。イエスの声はいっそう大きくなります。

 イエス一行はエルサレムに入城し、神殿に近づきました。神殿からは祈りの声が聞こえるのではなく、神殿らしからぬざわめきが感じられます。

 牛や羊の鳴き声、鳩を売る者の声、商売人が客を呼び込む声です。

 イエスはこぶしを握りしめます。「私の父の家を商売の家にするのか」――イエスはもう教え諭すということはしません。

 むちを作って振り回し、家畜を追い出し、両替人の机をひっくり返すとお金が飛び散りました。

 逃げ出した羊や鳩を追いかけて、イエスを恨みながら人々は散っていきます。それを見て、商売を許した祭司たちは歯ぎしりをしました。

 イエスの立場は一段と悪くなります。

最後の晩餐

 祭司長、律法学者、長老たちが集まって、イエスを裁判にかけて葬り去ろうと考えました。それには居場所をつきとめ、有無を言わさず、つかまえることです。

 そこにちょうど現れたのが、イエスの弟子の一人ユダ。

 「イエスを引き渡せば、いくらもらえますか」

 「銀貨で30枚出そう」

 ユダは金に目がくらんだのです。

 「居場所が分かれば教えます。そこに人を送ればいい。私が接吻(せっぷん)する相手がイエスだ」

 そのときからユダはチャンスを狙います。祭司長たちは大喜びです。

 過越(すぎこし)の祭りの1日目、イエスはユダを含めた12人の弟子たちと食事をしています。

 イエスが言います。「この中の一人が私を裏切ろうとしている」。

 弟子たちは言われた意味が分からず、「まさか私ではないでしょうね」などと言い出します。

 イエスは言い終わって、鉢に手を伸ばしたそのとき、ユダも同じ鉢に手を入れていました。

 「私と同じ鉢に手を入れている者だ。その人は生まれなかった方が良かった」

 ユダはぞっとして、手を引っ込めます。弟子たちはまだ意味が分からず、「誰がそんなことをするのだろう」と話し始めました。

 挙げ句の果て、「自分たちの中で誰がいちばん偉いと思うか」などと言い出す始末。

 イエスは悲しい目をしています。「誰も何も分かってはいない」。

 ユダはその場からそっと離れます。誰も不思議には思いません。「ユダは会計係だ。何かを買いに行ったのだろう」。

 外は夜、ユダは闇にまぎれ、姿を消し、良心も消したのです。

 イエスと11人の弟子たちはよく行くオリブ山に向かいました。

 「皆はあそこに行くだろう」

 ユダも彼らが向かった場所をよく知っていました。

 途中、イエスが言います。「いずれ皆は私に失望して散り散りばらばらになるだろう」。

 ペテロは自信たっぷりに、「いいえ、私だけはそんなことはありません」。

 「言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは私を、3度知らないと言うだろう」

 「まさか、共に死なねばならなくなっても、師を知らぬなどとは申しません」

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 次回は、「接吻の相手がイエスだ」をお届けします。