2022.05.13 12:00
続・日本統一運動史 13
御聖誕日前夜祭/御聖誕日
真の父母様が「母の国」である日本に向けて語られたみ言や、教会員たちの涙の証しなど、「続・日本統一運動史」では、1965年以降の「知らなかった」エピソードをお届けします!
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歴史編纂委員会・編著
第四章 真の御父母様との一体化時代
一、真の御父様、21年ぶりの御来日(1965. 1. 28〜2. 12)
(13)御聖誕日前夜祭(1965. 2. 6)
1965年2月6日夜9時、真の御父様の御臨席はありませんでしたが、御聖誕日前夜祭が行われ、7日の午前零時を待ちました。
(14)御聖誕日(1965. 2. 7)
1. 御聖誕日午前零時祈祷会
1965年陰暦1月6日午前零時、本部2階において真の御父様を中心に祈祷会が持たれました。約1時間後、1階の礼拝堂で敬礼式、真の御父様の祈祷と御言があり、3時に閉会となりました。
2. 聖日礼拝『我々は中心を求めて一つになろう』
「この現象界において存在するものすべては、中心を立てなければ永遠の存在の位置を決定することができない…。もし神がこの地上に一つの中心を立てなければならないという歴史の願いがあれば、この地上において真なる人間を中心として真なる社会、真なる世界、真なる世界観を立てなければならず、それは天地共にこれを願い、我々人類のすべてが願わなければならない重大な課題である。…
この地上に一つの理想世界が決定され、その中心たる個々の心の奥底に、その理想世界に対して永遠につながりを持つべき、つまり一体化せしめるところの中心におかれるべきものは、外的なものではない。…天地創造の初め、それ以前には神がその内的基準と永遠の因縁を結ぼうとするところの宇宙観、創造の理想、創造の目的がなければならず、その中心となるべきものは神の心情なのである。…現象を起こす最初の根拠には、神の心情の基準があり、その中心に対してあらゆるすべてのものを包括して統一化させ、一体化せしめ得る理想圏があったということを考えることができる。…
人間自身が神の心情に一体化したならば…その基準が達せられるべきであったけれど、我々先祖たちによる心情的問題において、その一切を失ったがゆえに、再びその理想を、その目的の世界を復帰しなければならないのである。堕落した結果は、目的観念が違う位置に回り、その心情的絶対基準が反対の方向に向いてしまったのである。つまり神御自身を中心として立つべきその中心が、サタンを中心とした他の所に移されてしまったのである。…
神はいずれの時代においても中心を決定しようとして、いかに数多くの犠牲、あらゆる努力を払ってきたか、これは歴史が証明するのである。…神本来の願うその目的観と心情一致のあるところはどこか。そこに30億を代表した絶対的心情と絶対的目的観に通ずる人物が必要であり、その人こそは人類の願う真の親である。…」(抜粋)
3. 御聖誕日に寄せられた真の御母様の手紙(翻訳:崔元福先生)
「愛する日本の皆様へ
皆様はいかに待ちに待ちこがれたことでしょうか。幸福とあこがれの日でございます。各々が、よろずの心で想像してお待ち申し上げた実体の父が…。あなた方の夢は実現したのでございます。
皆様、たったひとつ遺憾なことは、席を同じくして、この喜びの日を過ごすことができないのが、残念でたまりません。
愛する皆様、御父様にお目にかかれて、いかがですか。喜ばしく…、それとも、隔たりを感じておりませんか。
でも急がないで。心、生命の問題ですから、心から心情を、そして皆様の目を開いて下さることでしょう。悔いることなく、侍り慕う生活のうちに、御父様の心情の懐にたどり入りますように。
御父様がどんなことをお話しになっても、それは皆様を生かす父母の心情でございます。皆様は、心を尽くして父と共にあり、御旨成るその日まで健闘し、勝利の一日まで、天と地と人類が待ち望むその日を迎えるまで猛進しようではありませんか。両手を広げて、御父様は育んで下さることでしょう。
望み望んだこの日、この歓喜法悦は、今は私たちだけですけれど、これを万民に伝える日まで落ちることなく、最後まで猛進に猛進を続けましょう。」
4. 祝賀会における御言
真の御父様は、聖日礼拝において4時間にわたる説教をされ、その後、松浦運輸大臣と会見されて、午後8時過ぎに教会に戻られ、和動会に臨まれました。かねてより婦人部が用意していた1メートル余りもあるバースデー・ケーキにナイフを入れられました。それぞれに芸が披露され、その間、韓国や米国、国内各地区から祝電が送られました。真の御父様は、2時間ほど御言を語られ、午前3時半過ぎに御聖誕祝いの幕が閉じられました。
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次回は、「北海道/仙台」をお届けします。