日本人のこころ 61
出雲井晶『誰も教えてくれなかった日本神話』

(APTF『真の家庭』282号[2022年4月]より)

ジャーナリスト 高嶋 久

自分の人生を息子に語るため
 作家で画家の出雲井晶(いずもいあき)さん(19262010)に初めて会ったのは2003年、東急世田谷線の豪徳寺駅から徒歩10分の自宅でです。当時、日本神話を題材に旺盛な執筆・講演活動を行っていました。「出雲井晶」というペンネームは、一時期、出雲大社のある島根県に住んでいたからで、生まれは北海道岩見沢町(現・岩見沢市)。活動としては日本画家のほうが古く、内閣総理大臣賞を2回、パリ芸術大賞も受賞しています。

 55歳から文筆活動を始め、作家デビューは自伝的な小説『花かげの詩』(中公文庫)。まさに主人公の「女の一生」が描かれ、最後には夫の老親を介護する場面が出てきます。出雲井さんによると、「息子に読ませようと思い、手作りの冊子を20部だけ作ったものが山陰中央新報の社長の目に留まり、新聞に連載されることになったのです」。

 以後、社会福祉を扱った『虹の家』(日本教文社)や『春の皇后 小説・明治天皇と昭憲さま』(中公文庫)など執筆の幅を広げ、『明治天皇紀』を繰り返し読んだことから皇室のすごさを知り、『古事記』に取り組むようになります。

 その方法は独特で、「毎日、大声で『古事記』を読みました。すると、紙面から神さまが抜け出してきて、言霊の真理を教えてくださったのです。本当にそう実感しました。後から解説書など読むと、私の理解とはまるで違っていましたので、私は神さまからインスピレーションで教えられたのだと思います」と。きっとシャーマンのような体質を持っていたのでしょう。

 出雲井さんの日本神話解釈の特徴は、国づくり神話の最初に出てきながら、すぐに姿を消したので、あまり重視されていなかった天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の見直しで、「天地大宇宙の法則、真理」と説明していました。つまり、一種の創造神で、一神教的な解釈と言えます。

 おそらく当時、出雲井さんが深く交流していた「キリストの幕屋」の影響でしょう。1948年に内村鑑三の弟子だった手島郁郎が創設したペンテコステ派の無教会運動で、手島が指導していた聖書研究のグループが阿蘇で研修していた時、メンバーたちがペンテコステ(聖霊降臨の啓示)を受けたのが始まりです。いわば日本生まれのキリスト教で、「原始福音」を唱え、古代ユダヤへの関心が古代日本につながり、民俗宗教的な色彩を帯びるようになります。そこで、キリスト教には珍しく『古事記』を重視するようになったのです。

民族教から人類教へ
 国生み神話では、イザナギからアマテラスとスサノオが生まれ、前者が高天原(たかまのはら)つまり天を、後者が海原つまり地を治めるように命じられます。ところが、スサノオは「黄泉の国に行って、お母さん(イザナミ)に会いたい」と泣いてばかりいました。それがイザナギに叱られて思いが開け、姉さんにいとまごいをしようと、天に駆け上っていきます。そうした母を求める姿を印象的に描いているのが、『誰も教えてくれなかった日本神話』(講談社)に描かれている出雲井神話の特徴でした。

▲出雲井晶・著『誰も教えてくれなかった日本神話』(講談社)

 出雲井さんは「スサノオさまは地球の神です。しかし、物質だけでは解決できない。物の豊かさだけでは本当の幸せは得られません。そうした深い悲しみを感じ、慈愛のシンボル、心のふるさとである母を求めたのです」と語っていました。「小学生が、『蘇り』は『黄泉から帰る』意味だと知って感動してくれたの。子供のころ、そんな命に感動する体験をすると、子供の自殺も減りますよ」とも。つまり、母の視点からの神話解釈が出雲井さんの一貫した姿勢で、それは、まだ文字を持たない古代からの日本人の「物語り」の歴史を継承するもののようにも思えました。

 そうした神話の心を生き通されたのが昭和天皇だとして、昭和天皇についての著作も多く手がけています。ひとことで言えば「無私」で、神道と仏教が求めた境地でもあり、最も純粋に日本人として生きられたのが昭和天皇だったとの思いが深かったのです。

 出雲井さんは政治的には保守派に用いられたのですが、本来は、「母性」という人類普遍の感性に立脚した考えでした。私が、民俗学者の折口信夫(しのぶ)が戦後すぐ、神道の将来について「民族教から人類教へ」と述べていたことに触れると、いたく共感され、以後、会うたびにその話をするようになりました。

 何度かお宅に通ううちに、私は駅前の花屋で季節の花を一束買い、手土産にするのがならいになりました。出雲井さんは目を細めて喜び、思っていることをすらすら話してくださいました。私にとっては、田舎の実家で妻が介護している母に会うようなひとときだったのを、懐かしく思い出します。

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