2022.01.02 17:00
祈りの人サムエル
岡野 献一
『FAXニュース』で連載した「旧約聖書人物伝」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
最後の士師であり、最初の預言者でもあったサムエルは、イスラエル統一王国時代の幕開けを来たらしめた人物です。士師は預言者と祭司長と国王の使命を全て兼任する者です。彼は若くして神に選ばれ、祈りの人として長きにわたってイスラエルを指導しました。サムエルとはヘブライ語で「神の名」という意味です。
「もし男の子なら神にささげます」
サムエルが神に召されたのはイスラエルの信仰が衰退した時で、神殿に仕える士師エリの息子らが悪の道に染まり、後継者が途絶えそうになった時代でした。
サムエルの父エルカナはレビ族の出身で、毎年神を拝するために神殿へ巡礼する敬虔(けいけん)な人でした。このエルカナにはハンナとペニンナという2人の妻がいました。ペニンナは子宝に恵まれましたが、ハンナは、サラ、リベカ、ラケルと同様になかなか子が生まれません。サラが、アブラハムの子を宿したハガルからさげすまれたように、やがてハンナもペニンナからいじめを受けるようになります。そこでハンナは巡礼の際に断食をし、神殿で泣きながら祈りました。「神よ、男の子をお授けください。ならばその子をあなたにささげましょう」。その真剣な祈りが聞かれて生まれたのがサムエルです。彼は母ハンナの愛と祈りとにかき抱かれつつ育ちました。
サムエルが乳離れすると、ハンナは神との約束を果たすため神殿へ行き、彼を祭司である士師エリの手に託しました。そのときのハンナの祈りは、聖母マリアがザカリヤのもとを訪ねたときに謳(うた)った「マリア讃歌」とよく似ているといわれます。偉大な人物が現れる背景には、常に母の深い祈りがあるものです。エリのもとでサムエルは精誠を尽くし宮の仕事に従事しました。
さてある夜、サムエルは神の呼ぶ声を聞きます。彼が答えると、神は、神殿に仕えるエリの息子らの悪事故にイスラエルに審判を下すことを告げられました。それはまさしく聖書に「さばきが神の家から始められる時がきた」(ペテロ第一の手紙4章17節)とあるごとくです。
その神のお告げどおりペリシテ人が攻め上り、エリの息子らと3万人が殺され、契約の箱も奪われます。老士師エリはその知らせを受け、驚きのあまり裁きの座から落ちて死んでしまいました。イスラエルの惨敗です。
最愛の子なくした神の心情に通じる
それから20年後、サムエルは成人し、イスラエル最後の士師として立ち上がります。「イスラエルよ、もし一心に神に立ち返るなら、神はペリシテ人から救い出してくださるだろう」。このサムエルの呼びかけに全イスラエルが悔い改め、彼のもとに結集しました。その動きを見たペリシテは大軍をもって襲撃してきますが、サムエルが熱心に祈るとペリシテ軍に雷が下り、滅亡してしまいました。信仰の大勝利です。以来、サムエルの活躍によってイスラエルは守られたのでした。
さて、サムエルは年を取ってその役目を自分の息子に託しました。ところが息子らは悪しき道に歩み、士師の働きをなし得ません。そこで民は「あなたは年老い、息子らは正しい道を歩まない。故にわれわれを裁く国王を立ててほしい」と訴えてきました。サムエルは神の啓示によってサウルに油を注ぎ、彼をイスラエルの初代王として立てました。統一王国時代の幕開けです。
晩年のサムエルはいくつかの悲しい出来事と遭遇しました。ひとつはサウル王が神に反逆したことです。サウル王の即位によってイスラエルは安泰かと思えたのもつかの間、サウル王は「アマレクを全滅せよ」との神の命令に背き、アマレクの王アガグを許しました。神の嘆きを聞いた老サムエルは再び士師として立ち上がり、サウル王に代わってアマレクの王アガグを殺さなければなりませんでした。もうひとつは息子たちの堕落です。サムエル自身は生涯を通じて正しき道を歩み、何の落ち度もなく過ごしました(サムエル記上12章1~5節)。にもかかわらず、息子たちが堕落したのです。
サムエルが通過した悲しみは、最愛の息子アダムを堕落で失い、かつ最大の協助者であった天使長ルーシェルに反逆された時の、親なる神の嘆きの心情圏と通じる世界だったと言えるでしょう。
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次回は、「神に背いたサウル王」をお届けします。
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