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ヤコブ、エサウから長子権復帰

(光言社『FAXニュース』通巻625号[2001年4月10日号]「シリーズ旧約聖書人物伝」より)

岡野 献一

 『FAXニュース』で連載した「旧約聖書人物伝」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。

 イサクとリベカには、エサウとヤコブという双子の男の子が生まれました。エサウとヤコブの関係はアダム家庭におけるカインとアベルの関係と同じです。

食物と引き替えに売り渡す

 エサウは赤くて全身毛ごろものようであり、ヤコブはエサウのかかとをつかんで生まれてきました。二人の性格はまったく正反対。兄エサウは活動的で、巧みな狩猟者となり、弟ヤコブは穏やかな性格で、天幕に住んでいました。

 エサウは野を駆け巡り、帰宅時間もまちまちで、家に帰っても考えることはいつも狩りのことばかりです。悪天候で家に居るときも弓矢の手入ればかりしています。

 一方、家に居て、母の手伝いをしていたヤコブは、アブラハムの親族であった母リベカから、祖父アブラハムが故郷を離れ、どのように神と出会ったのかという話をいつも聞かされていました。ヤコブは「神様はどのようなおかたなのか」と思索する日々を過ごしていたことでしょう。

 そんな二人の様子を見ていた母リベカはよりヤコブを愛し、「次男ヤコブに家を継がせたい」と思っていました。またヤコブは、家庭を顧みない兄の姿を見て「家督をどう思っているのだろう? 自分は家系に伝わる信仰の伝統を相続し、神様と共に歩む生活がしてみたいけれど…」と思っていたはずです。

 エサウはいつもおなかをすかして、思いがけない時に突然帰ってきます。ですから常に食事があるとは限りません。母リベカはエサウにほとほと手を焼いていたことでしょう。ヤコブはそんな兄をかわいそうに思い、母の代わりに食事を準備し、ひそかに食べさせたこともありました。兄はいつも帰れば弟の所へ行きます。ある日、長子権を軽んじていたエサウはヤコブの作ったあつものと引き換えに「おまえがそんなに家を見たいならいいよ」と言って、気軽に長子権を弟へ売り渡してしまいました。

 さて、イサクが年老いた時のことです。父イサクはエサウを祝福しようと思い、エサウに鹿の肉を捕ってくるよう命じました。それを聞いた母リベカはヤコブに祝福を与えたいと思い、一計を案じます。母はヤコブにエサウのふりをし、代わりに祝福を受けるようにと勧めたのです。ためらうヤコブを母は強く押し出し、ついに祝福を受けさせました。それを知ったエサウはヤコブを激しく憎み、殺そうと考えるようになりました。

▲イサク、ヤコブを祝福する(ギュスターヴ・ドレ画)

21年ぶりで故郷へ、エソウと和解

 エサウは「いつも母は『帰りが遅い。また服を汚して! たまにはヤコブを見習ってきちんとしなさい』とうるさかった。弟のやつ、母の機嫌を取りやがって。結局、下心があっておれに食事をくれていたんだな…」と恨んだことでしょう。おそらく温厚な父が「兄弟、仲良くやりなさい」となだめたからこそ、エサウは「父の生きているうちは…」と、殺すのを思いとどまったのです。

 この不幸な心情の行き違いが、ヤコブの苦役路程の始まりとなりました。本来ならばヤコブは真の愛による自然屈伏を通して長子権を復帰すべきでした。リベカは、言うことをよく聞くヤコブだけを愛するのではなく、むしろ心情的に遠いエサウをもっと愛すべきでした。

 「兄の怒りが解けるまでハランに逃れなさい」という母の勧めでヤコブは家を後にします。ある日突然、ヤコブは父母、兄弟、仕事の全てを失ってしまったのです。

 その夜ヤコブは野宿し、石を枕に寝ました。その孤独の絶頂において、彼は神様と出会います。神様は「私はあなたと共にいて…あなたをこの地に連れ帰る。決してあなたを捨てない」と語られたのです。ヤコブはこの時の神様との出会いを生涯忘れませんでした。もしかすると彼はこの時、神様も孤独な道のりを歩んでこられたということを悟ったのかもしれません。

 ヤコブは20年間ハランで苦役し、21年目に妻子を連れ、財産を持って故郷へ帰ります。それは神様と取り交わした約束の成就でした。その時彼は、苦労して得た財産を惜しげもなく兄エサウに与え、涙の再会を果たしたのです。

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 次回は、「ヤコブ、エソウと和解」をお届けします。

画像素材:PIXTA