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「性解放理論」を超えて(4)
ルソーの啓蒙思想

 人類は今、神とサタンの総力戦の中に生きています。
 「統一思想」すなわち「神主義」「頭翼思想」によって生きるのか、神の言(ことば)を否定する思想を選択するのか…。
 台頭する性解放理論を克服し、神の創造理想と真の家庭理想実現のための思想的覚醒を促す「『性解放理論』を超えて」を毎週月曜日(予定)にお届けします。

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大谷明史・著

(光言社・刊『「性解放理論」を超えて』より)

一 性解放理論の台頭
(二)性解放理論の展開

(1)ルソーの啓蒙思想
 ルソーが理想として挙げたのは人間の自由でした。彼は「自然の状態においては、人間は自由であり、生を楽しむことができるが、社会においては、人間は自由を失い、不幸である」と考えました。そして彼は野生動物のような未開の自然人を理想とし、社会の中にある人間は悪に染まっていると見て、現在の政治や社会制度を否定することによって人間を解放しようとしたのです。

 未開の自然人を理想とするルソーの人間観は、マルクス主義の「衣食住を求めて労働した猿」、ダーウィン主義の「最も生存に適していた猿」、フロイト主義の「性的な衝動に操られた動物」という動物的人間観へと展開していったのです。

 ルソーは『人間不平等起源論』の中で次のように論じています。未開の自然状態においては不平等はほとんどなく、平和で幸福であった。ところが人間の精神の啓発に伴い、産業が発達し、それが家を造ることを可能にし、そこに家族が生まれた。そして家族を基盤として私有財産が発生し、私有から対立が生じ、不平等の社会が成立したと言うのです。このようなルソーの見解は、原始共同社会では、人間は互いに協力し合い、全てを共有していたが、生産力の発展とともに、家族が成立し、家父長制の社会が成立し、支配する者と支配される者、搾取する者と搾取される者の対立が生じたとするマルクス主義の原型となったのです。

 ルソーは『学問芸術論』において、「ルネサンス以来の学問や文学や芸術の復興が人間から本来の自由の感じをうばいとり、奴隷状態を愛するようにさせている」と論じました。そして、礼儀作法は文明社会において、人間の本質を見失わせ、人間を疎外させるものであると言い、原始的な自然状態にこそ道徳の基礎があると見たのです。結局、現存する人間社会の倫理・道徳を否定し、自然状態すなわち動物的状態に引き下げようと言うのです。

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 次回は、「マルクス主義」をお届けします。


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