青少年事情と教育を考える 174
遺伝子は“利他的”

ナビゲーター:中田 孝誠

 前回、人の寿命が他の霊長類に比べて長いこと、特に子供を妊娠・出産できる年齢(生殖期間)が過ぎた後の老年期が長いことが特徴的だということを、人類学の「祖母仮説(おばあちゃん仮説)」を参考にお話ししました。

 人は自分の出産や育児を終えた後、自身の子供の出産と子育てを助ける役割を担うために老年期が長いのではないかと考えられています。

 今回は、これと関連する、もう一つ興味深い話を取り上げようと思います。

 東京理科大学教授の田沼靖一氏の研究です。
 田沼教授は生物がなぜ死ぬのかを細胞レベルで研究しています。それによると、細胞には遺伝子にあらかじめ死がプログラムされています(これを「アポトーシス」といいます)。
 細胞は時間が経過すると老化したりさまざまな傷を負ったりするため、細胞が自身を消去し、刷新して、種の存続や生命を維持するというのです。

 「個」と「全」という二重生命構造で例えると、「個」としての細胞が自身の役割を果たしていくことで「全」としての人間が生きることができます。そして人間も「個」としての役割を果たして「全」である地球を生かしながら、時が来れば「死のプログラム」によって個体を消滅させます。

 このことを田沼教授は「利他的な遺伝子」と呼び、「人間が生きていく意味は、社会のため、他者のために存在し、次世代に何かを遺(のこ)していくことにある」と述べています。

 ところで、「特別の教科 道徳」の学習指導要領には、「父母、祖父母を敬愛し」といった教育目標(小中学校全学年)、「様々な人々の精神的なつながりや支え合いの中で一人一人の生命が育まれ存在すること、生命が宿る神秘、祖先から祖父母、父母、そして自分、さらに、自分から子供、孫へと受け継がれていく生命のつながりをより深く理解できるようになる」(小学56年)といった指導の要点が示されています。

 生命の尊さ、人生の意味、自然の素晴らしさを次世代に伝えていく上で、こうした利他的な遺伝子という研究成果も大きな意味があると思います。

〈参考〉
田沼靖一『ヒトはどうして死ぬのか』、幻冬舎新書