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雨漏り

(光言社『グラフ新天地』444号[2005年6月号]より)

作・うのまさし
画・小野塚雅子

 「ヤーレン、ソーラン、ソーランー」

 辰夫は歌を口ずさんでいました。

 「父さん、そんな下手な歌なんか、やめろよ」

 中学生の息子の進が叫びました。

 辰夫の胸にその言葉が、グサリと刺さりました。

 「30年前にも、同じようなことがあったな」


 辰夫は、義三の家に生まれました。義三は酒が好きで、飲むとソーラン節を歌っていました。しかし腕の立つ大工で、現在住んでいる家も、傷みが進んで、取り壊されるはずだったものを、手を加え、心地良い住まいによみがえらせました。

 「ぼくは大きくなったら、お父さんのようなりっぱな大工になりたい」

 辰夫がそういう度に義三がほほえむ、この家庭でよく見かけるひとコマでした。


 「あんたの言うことは古いよ、そういう考え方が資本家をのさばらせるんだ」

 辰夫は十代の半ばになると、自我の目覚めと革新的な教師の影響もあり、義三との間に溝を作ってしまいました。高校を卒業すると、新しい生活を求め、家を出ました。溝は埋まらないまま4年前に、義三が亡くなりました。

 それを機会に辰夫は、この家に家族と戻ってきました。古い家を建て直そうと、母の麻子に頼みましたが、「お父さんとの思い出がつまっているから」と断りました。しかし、今年の梅雨が明けたら、壊すことになりました。


 「あのころは、なぜ、あのように父に対してとんがっていたんだろうか。いよいよ私が息子から突き上げられる番か。小さいころは、父を誇りに思っていたのに…。急に変わってしまって、戸惑っただろうな。傷つけたままで逝かしてしまった」

 辰夫はいつのまにか、鼻歌でソーラン節を歌いだしました。

 「私もお父さんの好きだった歌を歌うようになったんだな」

 外を見ると、雨は上がり虹がかかっていました。

 (そうだ、次の休みに墓参りに行こう)

 「進、今度の休みにおじいちゃんの墓参りに行こう」

 「めんどうくさいな。いやだよ」

 「そんなことを言うな。おまえもかわいがってもらったんだぞ」

 「じゃあ、もし晴れたら付き合ってやるよ」

 辰夫はてるてる坊主を作り、遺影を見つめながら義三の顔を描きました。

 「お父さん、必ず晴れにしてくれよ。今度、進と会いに行くから」

 その日は、激しいどしゃぶりでした。

 「お父さん、なぜ、晴れにしてくれなかったんですか。もう親不孝の息子には会いたくないんですか」

 すると、部屋に雨水が垂れてきました。

 「このぼろ家、梅雨が明けたら、壊すからな」

 天井を見上げると、雨のしみが徐々に義三の形になっていきました。

 「お父さん…来てくれたんですか」