2021.06.28 22:00
一か月前の手紙
作・うのまさし
画・小野塚雅子
「お母さん、ごめんなさい。私ももうすぐお母さんになります。もし、許してもらえるなら、会いに来てください。4月3日 尚子」
臨月を迎えた尚子が、ようやく手紙を書き終えました。
一年前、尚子は、母親の保子に結婚を反対され、家を出ました。その後は連絡をしていません。
保子は、数年前に夫と死別して以来、一人娘の尚子を育てました。夫のトラック運送業を引き継ぎ、家を留守にすることが多くなりました。
尚子は、その寂しさに負け、若い結婚に走ったのです。
尚子はポストの前で迷いました。
「今さらこんな手紙を出して、お母さんは許してくれるかしら」
保子と過ごした思い出がよみがえりました。
「やさしかったお母さん、きっと許してもらえる…」
そう思った瞬間、強い風が吹き、手紙がどこかに飛んでいってしまいました。
「まだ怒っているに違いない」
一か月後、尚子は出産しました。瞳(ひとみ)が輝いていたので、ヒトミと名付けました。
育児を通して、尚子はあらためて母親の苦労を痛感しました。
「お母さんの苦労も分からずに、飛び出してしまった。もう、許してくれないだろうな…」
育児に追われるたびに、心傷めるのでした。
ある夜、夫が仕事で帰れないという連絡が入り、尚子は心細くなりました。そのうえヒトミが泣きやみません。
突然、玄関のドアをたたく音が響きました。近所の人が苦情を言いに来たのかと、恐る恐るドアを開けると、保子が立っていました。
「お母さん! なぜ、ここが分かったの?」
「手紙を読んだからだよ」
保子が手に持っていたのは、あの手紙でした。
「さっき、おまえとよく似た女性が落とし物を探しているところに、トラックで通りかかったんだ。暗いのでヘッドライトで照らしてあげたら、すぐに見つかったよ。子供のおしゃぶりを探していたんだ。すると、そのすぐそばに、私宛の手紙があるじゃないか」
「一か月前に風で飛ばされたの。それで、お母さんがまだ怒っているんだと思って」
「ばかだね。親は子供を許すものだよ。さあ、はやく孫を抱かせておくれ」
「こうやってお母さんに会わせてくれたんだから、その人にお礼をしなくちゃね。近所の人かしら…名前、聞いた?」
うれしそうに赤ちゃんを抱きながら、保子が答えました。
「ああ、確かヒトミさんと言っていたよ」
いつの間にか泣きやんだヒトミが、女性が持っていた同じおしゃぶりをくわえ、尚子に向かって微笑(ほほえ)みました。