2021.06.21 22:00
金婚式のカレー
作・うのまさし
画・小野塚雅子
「カレー用のお肉を400g下さい」
小学生のリサが肉屋に買い物に来ました。
でも、ケースには肉はありません。肉屋の主人とおかみさんがヒソヒソ話をしました。
「せっかく買いにきたのだから、あの肉を譲ってあげましょうか」
「そうだな。この店も今日で終わりだし、この町にもお世話になった。ご恩返しということか」
「閉店セールで全部売れたところで、この子が来たのも神様の巡り合わせね」
おかみさんはそう言うと、店の奥から包みを持ってきました。
「お嬢ちゃん、お待たせ。少しおまけしてあるよ。この肉ならおいしいカレーができるよ」
その夜、肉屋の食卓。
「肉の入っていないカレーになっちゃったね」
「でも、いいことをした後だから、うまいよ」
「そうね。でも、あの肉で作ったカレー食べたかったね。店を閉める記念に楽しみにしてたんだけれどね」
「うむ。いい味を出す、めったに手に入らない代物だ。1年前にも、新天ホテルのシェフが『友人の結婚記念日に食べさせたい』って言うから、いろいろ探して回ったんだ。また、手に入るよ」
そのころ、リサの家の食卓。
「リサちゃんは料理の天才だね。お母さんの作ったカレーよりおいしいよ」
「ほんとう、お母さん。おばあちゃんはカレーが大好きだから、おばあちゃんにも食べてもらおう」
祖母のキヨが2階から下りてきました。
「おばあちゃん、初めて作ったカレーです」
「どれどれ、いい香りだね」
キヨは一口食べると、
「この味は…」
キヨは、半年前に突然亡くなった夫の宏三(こうぞう)の仏壇の遺影を見つめ、涙があふれました。
「この味は、昨年の結婚記念日に食べた新天ホテルのカレーの味。あなた、『来年も食べに来よう』って約束したことを覚えていたんですね」
その日は、キヨと宏三の金婚式を迎える日でした。