2021.05.14 12:00
日本統一運動史 33
日本に真の御父母様を迎える準備時代⑰
竹内(現 長谷川)みつゑさん、入教
『日本統一運動史~文鮮明先生御夫妻と日本の統一教会および統一運動の歩み』を再配信します。
創立40周年の際に発刊されたこの書籍は、日本における文鮮明・韓鶴子総裁ご夫妻の貴重な歴史的足跡と、多岐にわたる統一運動の歴史をまとめた一冊です。
今、改めて読んでおきたい、日本の統一運動の歴史を振り返る連載です。
歴史編纂委員会・編著
第三章 日本に真の御父母様を迎える準備時代
三、草創期を築いた人々の歩み
(3)最初の主要都市開拓伝道以後の歩みと入教者の証し(1961.6〜)
2. 竹内(現 長谷川)みつゑさん、入教(1961.9)
◇竹内みつゑさんの手記
「春の神様ってどんな神様かしら、昔幼い頃よく考えたものでした。…しかし成長する過程にあって…無情で冷たい神様に思えてしまったり、…神様と自分は遠く離れた存在になってしまった。…そんなさびしい私が再び幼児に蘇生したのは一昨年の9月でした。神様と共に自然一切が私の教材として戻ってきたのです。…神様は草木一つにも道端の石ころ一つにも、それを通じて私たちに語り続けていて下さったことを知ることができたのです。…一日も早くすべての人に父の御旨を、万物のうめきを知らさねばと、せかされる毎日です。…
名古屋→大阪→東京→京阪神→九州福岡を回り、そして再び振り出しに戻ったのは(名古屋)昨年11月4日でした。一昨年9月三つ子として誕生した二人のお姉様(大野幸子さんと松本静永さん)と涙の再会をなし、新たな決意と誓いのもとに天の父の導きを得て、日も遠くなく次の三つ子の誕生を見ることができました…。…私たちは声をあげ涙の賛美を天に贈りました。」(『成約新聞』第35号、1963.4.15付より)
◇竹内さんを伝道した松本道子さんの証し
「竹内みつゑさんが、実地訓練のために大阪にやってきました。ところが彼女が来て40日ほどたった頃、息子が熱を出して死にそうだからすぐ帰って来いという電報が来たというのです。彼女は困って『どうしたらいいでしょうか』と相談に来ました。『私は行くなとも、行きなさいとも言うことはできません。…神様に祈って、あなたの知恵と責任で考えてごらんなさい』。私にこう言われて、彼女は必死に祈って考えたようです。…ところが翌朝『ママ、私やっぱり行かないわ』と、こう言うのです。その訳を尋ねると、『夕べ、夢を見たの』ということでした。…『私は、神様の多くの子供を救わなければいけないんです。たった一人の自分の子供のために退くことはできないわ。だから、私は行きません』と、真剣な顔で言うのでした。そして、家には行かず、福岡の開拓へと出発しました。するとその3日後、再び家から連絡が来て、子供は3日間熱を出したが、3日後に熱が下がって良くなったということでした。…こうして彼女は福岡の開拓者となり、地区長までやるようになりました。」(松本道子『信仰は火と燃えて』より)
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次回(5月21日)は、「日本に真の御父母様を迎える準備時代⑱」をお届けします。