2021.03.31 12:00
スマホで立ち読み Vol.12
自己牧会プログラム 6
スマホで立ち読み第12弾は『自己牧会プログラム』です。
本書は真の父母様のみ言と解説、それに基づいた実践(ワーク)を紹介しています。
ここでは、書籍の内容を一部抜粋してお届けしてまいります。
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第2章 自己中心的な囚われからの解放
1. どうしたら一つになることができるのだろうか?
心の目(=神の目)で相手の良心(=本心)を見て、ために生きる
◆み言
自分一人の利益のために隣人を犠牲にするときに覚える不義な満足感よりも、その良心の呵責(かしゃく)からくる苦痛の度合いの方がはるかに大きいということを悟るときには、決してその隣人を害することができないようになるのが人間だれしもがもつ共通の感情である。それゆえ、人間がその心の深みからわき出づる真心からの兄弟愛に包まれるときには、到底その隣人に苦痛を与えるような行動はとれないのである。まして、時間と空間とを超越して自分の一挙手一投足を見ておられる神御自身が父母となられ、互いに愛することを切望されているということを実感するはずのその社会の人間は、そのような行動をとることはできない。
したがって、この新しい真理が、人類の罪悪史を清算した新しい時代において建設するはずの新世界は、罪を犯そうとしても犯すことのできない世界となるのである。
(『原理講論』33~34ページ)
■み言解説
『原理講論』33〜34ページ、総序のみ言を解説します。
人間が、互いに愛することを願っておられる神様の心情を実感すれば、自己中心的な行動はとれないということになるのです。心の目で見て、良心で感ずれば、一つになり、幸せになってほしいという神様の願いを心で感じることができるのです。
神様を頭で分かっているだけで、実感していなければ、罪を犯してしまうのです。でも、良心を見つめて、互いに一つになり、相手に幸せになってほしいという神様の心情を実感すれば、罪を犯すことはなくなっていくのです。
私たちが、神様を実感して生活すれば、罪を犯すことはなく、天国が現実に建設されるのだと、お父様は語っておられます。今、その内容を私たちも実感をもって相続しようとしているところなのです。
私たちは、自己中心的な思いで、嫌な人や嫌な環境をつくり出してきました。それは、本然の自分ではないのです。すべてを許して、愛して、一つになり、感謝するのが本然の自分であると気づくならば、嫌いな人、許せない人をも許し、愛していくことができます。
堕落人間の習慣性として、自分こそが正しいという自己中心の強い観念があり、人を許すことはなかなかできないものです。しかし、許さない限り、解放されません。幸せになることができないのです。許さない限り、葛藤する苦しみは続きます。
私たちは「家庭盟誓(カヂョンメンセ)」で「真の愛を中心として」と8回唱えていますが、真の愛を中心としてというのは、許すことが大前提にあります。堕落性から解放されるためには、神様と同じ立場で愛することが必要であり、そのように愛するためには、まず許すことが必要なのです。
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次回は、「WORK②『心の目で見る』ワークと解説」をお届けします。