2025.04.02 17:00
レダ摂理 3
『世界家庭』に掲載された飯野貞夫さんの証しを、毎週水曜日配信(予定)でお届けします。
飯野絢子(あやこ)さんの証しに続き、絢子さんの夫であり、サウジアラビア国家メシヤとして活躍した飯野貞夫・天一国特別巡回師(777家庭)のレダでの歩みを紹介します。(一部、編集部が加筆・修正)
レダの最初の建物として海軍の警備所を国に奉献
さて、2000年が明けてから2003年までのレダは、建設ラッシュとなりました。最初は国のためにささげようと、高床式の海軍の警備所を、ブラジルとの国境線になっているパラグアイ川本流の岸辺に建設。次に、支流に面して真の父母様にお使いいただく公館を建て、ゲスト用に2棟の2階建てハウスを造りました。我々滞在者や労働者の宿泊設備も造り、給水塔や浄水場も建てました。100人以上宿泊できる2階建てのりっぱな修練所も、突貫工事で造られました。そこには食堂や、来訪したら誰もが感動するきれいな水のプールも併設されていました。最後に、治安を守ってくれている警察に敬意を表し、警察署を建てて奉献しました。
パラグアイ川のこの辺りは、上流も下流も30キロ以上にわたってまともな家がありません。隅にぽつんと貧しいあばら家があるくらいで、あとはヤシの林をはじめとする原野が続く陸の孤島でした。ですから、貨物を運ぶバージ船や、時折行き交う観光船などがレダに近づくと、その乗客や乗員から驚かれます。原野にいきなり都会の美しい町が出現したと思うようです。
2000年11月30日、真の父母様をお迎えして公館の奉献式が行われました。私も日本から駆けつけ、式典のビデオ撮りを担当しました。真の父母様が開拓3か月後の2000年1月7日に来られたときは、まだトイレもまともにない状況で、真のお母様もその環境に苦労されたと聞いています。しかしこのときは、清潔な水洗トイレが備わり、前日浄水場も完成して、おいしくきれいな水を飲めるようになり、全てに喜んでいただくことができました。
(続く)
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次回は、「レダの開拓を『400年でも続けるのだ』とお父様」をお届けします。