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内村鑑三と咸錫憲 17
韓民族はなぜ苦難の歴史を歩むのか

魚谷 俊輔

 韓民族選民大叙事詩修練会において、内村鑑三が近代日本の偉大なキリスト教福音主義者として紹介され、その思想が弟子である咸錫憲(ハム・ソクホン)に引き継がれていったと説明された。
 咸錫憲は文鮮明(ムン・ソンミョン)総裁が若き日に通われた五山学校で教師を務めた人物だ。そこで内村鑑三から咸錫憲に至る思想の流れを追いながらシリーズで解説したい。

 咸錫憲が『意味から見た韓国歴史』で説いている中心的なテーゼは、「韓国史の底に秘められて流れる基調は苦難だ」(『意味から見た韓国歴史』、69ページ)ということだ。
 これは咸錫憲が五山学校で中学生に歴史を教えた体験から来ている。

 どうすれば若い生徒たちに栄光の祖国の歴史を理解させることができるかと苦慮しながら、過去の偉人たちの話を大声でしてみても、自分自身を偽ることなしにははやりの「栄光の祖国の歴史」を教えることはできなかったというのである。

 それは韓国の歴史を知れば知るほど、苦難の傷あとがあまりにも大きいことに気付くからである。
 「世界の各民族がそれぞれハナニムのところに持っていく土産物があるが、われわれにあるものといえば苦難だけだと思うと頭がくらくらしてきた」(同、70ページ)というほどである。

 このように韓民族の歴史が苦難の連続であることを正面から受け止めると、今度はその苦難の中に積極的な意味を見いださざるを得なくなる。すなわち、ハナニム(하나님/韓国語で“神様”の意味)はなぜわが民族にかくも多くの苦難を賜ったのかという問いかけである。

 その時に咸錫憲を救ったのは聖書に対する信仰であり、特に旧約聖書の中に出てくるユダヤ民族の苦難の歴史であった。

 内村鑑三は1908年に「幸福なる朝鮮国」という文章を書いていて、隣国の朝鮮は国を失ってもキリスト教信仰が広まっており、朝鮮民族はユダヤ民族にそっくりだと言っている。

 これはあくまでも外国人から見た朝鮮民族に対する観察であるが、その弟子である咸錫憲にとっては自民族の問題であり、まさに自己のアイデンティティーをかけた問いかけとなったわけだ。

 1930年代に日本の統治下にあった朝鮮においては、一部のクリスチャンたちがエジプトの奴隷となり、荒野を放浪し、バビロニアに捕虜となって引かれていくユダヤ民族の姿に、自民族の運命を投影させる傾向が見られた。

 従って、こうした信仰による苦難の昇華は当時のクリスチャンに一般的に見られた解釈であると思われる。
 咸錫憲の業績は、それを古代から現代に至るまでの韓民族の歴史全体に当てはめ、壮大な「苦難の物語」を紡いだことにある。

 そして旧約聖書の神がユダヤ人に苦難を与えた理由が「不義への制裁」であったのと同様に、ハナニムが韓民族に苦難を与えた理由も、「歪(ゆが)んだ『民族的特性』の矯正」あるいは「不義への制裁」であった。


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