コラム・週刊Blessed Life 119
家庭の価値はビジネス理論の重要テーマ

新海 一朗(コラムニスト)

 「イノベーション・オブ・ライフ」(原題「How Will You Measure Your Life?2012)という書物は、多くの注目を集め、多くの論議を呼びました。

 それを書いたのは、クレイトン・クリステンセン(19522020)で、彼は1992年からハーバードで教鞭を執った「イノベーション理論」の大家です。

 この本は、経済、経営、マネジメントの話をするだけでなく、人生において起きる事柄を、確かな理論によって予測するという立場から、徹底的な検証と活用を通して、人生そのものの「理論」をつかみ取り、それを提示するものです。

 彼が述べるイノベーションの理論は、何よりも、人間の営みに対する深い理解に支えられなければならないという信念に貫かれており、「何が、何を、なぜ引き起こすのか」という問いに答えることが必要であるというのです。

 興味深い彼の視点は、目に見える事柄、すなわち、高い報酬、権威のある肩書、立派なオフィスなどではなく、自分自身を本当の意味で動機付ける要因について考えることが大切であると言っていることです。

 仕事への愛情を生み出す要因を「動機付け要因」と呼び、その「動機付け要因」の視点を強調します。人が本心から何かをしたいと思うことが、真の動機付けであり、それは仕事そのものに内在する条件に由来するといいます。

 例えば、自分にとって本当に意味のある仕事、職業的に成長できる仕事、責任や権限の範囲を拡大する機会を与えてくれる仕事、このような仕事が、自分自身を動機付ける要因であるといいます。

 人生に戦略や方針を持ち、動機付け要因(本心の願うこと)について理解したとしても、意図(切望する目標)と創発(思わぬ機会)が交錯する職業人生というのが、私たちの現実です。

 そうなると、個人もしくは企業の限られた資本(才能、時間、労力、お金)を、意図(切望する目標)の方に振り向けるか、創発(思わぬ機会)の方へ振り向けるかの、資源配分(時間、労力、お金)の方法次第で、決めた戦略がうまくいくかいかないかにつながったりします。これは厳しい現実であり、実際、多くの企業がジレンマを抱える事例を多く見るのです(「イノベーターのジレンマ」「資源配分のパラドックス」)。

 クリステンセンは、ハーバードを出た多くの優秀な仲間が、米国の一流企業で経済的な大成功をつかみながら、離婚したり、子供たちと溝ができたり、家庭的には悲惨な状態に置かれている痛ましい現実を見て、彼らは人生に対する資源配分(才能、時間、労力、お金、愛情)、あるいは優先順序を明らかに間違ったのだと言います。

 家族や親しい友人との関係は、人生の最も大きな幸せのよりどころであるとクリステンセンは明言します。そうであれば、仕事に投資するだけの人生ではなく、家族や友人にも投資しなければならない、それは当然のことであると結論付けるのです。

 イノベーション理論の世界的な大家が、はっきりと「家族の価値」「家庭の重要性」に言及する時代が、米国では訪れているのです。
 裏返せば、それほど、米国社会が家庭の価値を忘れていると言えますが、日本でも肝に銘じなければならないことでしょう。