2020.05.19 12:00
世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~
検察庁法改正案とは何か
渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)
今回は5月11日から17日を振り返ります。
この間、次のような出来事がありました。
衆院内閣委員会、検察庁法改正案の審議入り(5月13日)。日韓局長、輸出管理や元徴用工問題で協議(13日)。新型コロナ、アフリカ全54カ国に拡大(13日)。米FBI(連邦捜査局)が声明—中国による米国のワクチン開発情報の窃取を捜査(13日)。米上院がウイグル人権法案を可決―中国に圧力(14日)、などです。
今回は検察庁法改正問題を扱います。3点に分けて説明します。
(1)なぜ、こんなに大騒ぎになったのでしょうか
改正案に検察官の定年延長と検察官幹部(検事総長や次長検事、高検検事長)の定年延長に関する「特例」が記されており、検察の独立性が脅かされる可能性があるとの指摘があるからなのです。
そもそも検察とはどのようなことをするのでしょうか。
検察は、法律に違反した犯罪や事件を調べて、その犯人を裁判にかける役割を担っているのです。裁判にかけることを起訴といい、警察と協力しながら自らも捜査を行う権限を持っています。時には政治家の犯罪に対する捜査、起訴も行う権限を持っているため、特に政治的中立性や自律性が求められているのです。それが議論が沸騰している理由です。
国会議事堂
(2)なぜ、コロナ感染問題の深刻な局面下で、重要な検察庁法改正案を唐突に審議するのでしょうか
実は、唐突ではないのです。
2018年8月10日に、内閣と国会に対して人事院勧告がなされました。人事院とは、内閣の所轄の下に置かれているのですが、国家行政組織法の適用を受けない独立行政機関なのです。
その趣旨は、人生100年時代において大企業はほぼ定年は65歳まで延長されている現状を踏まえて、国家公務員の定年を段階的に65歳まで引き上げるべき(現行は60歳)というもの。それで、国家公務員法の改正が必要になり、国家公務員全体の定年引上げの検討が開始されました。
ところが、公務員の中で検察官の定年だけが国家公務員法の中で規定されていないのです。それで、国家公務員法だけを改正すればよしということにはならないとして、併せて検察庁法の改正も行わなければならないという方向性になったのです。
内閣府は法務省に対して、検察庁法に定める検察官の定年について省内の意見をまとめるように要請しました。
2019年12月、国家公務員法改正案(検察庁法の改正を含む)を内閣府がまとめて翌年(2020年)の通常国会に提出する方向性が決まりました。そして2020年1月16日、法務省内で、検察官も国家公務員法で規定される定年特例延長制度の適用から排除されないということで議論がまとまり、内部文書が策定されました。
1月17日、法務省の内部決定を受けて法務大臣室で、辻裕教(つじ・ひろゆき)事務次官がその内容について法務大臣から口頭で決済をもらい、法務省事務次官と内閣法制局との協議が開催されました。そして21日、内閣法制局は法務省の判断を了解することを決定しました。
さらに、22日から24日にかけて人事院と法務省との間で法解釈に関する協議が行われ、24日、人事院は国家公務員法に基づき、検察官の定年制を了承する旨の文書を作成したのです。
このような経緯をもって法案は準備され国会に提出されました。ですから、決して唐突に、コロナ禍の中で「火事場泥棒」のように出してきたというのではないのです。
法務省
(3)改正案は時の政権による検察への介入の可能性があり、「三権分立の原則」が犯されるのでは、との批判があります
まず三権分立についてですが、検察庁は行政部門に属します。よって検察庁法の改正が行政、司法、立法の三権分立の原則を犯すことにはなりません。
政権による検察への介入の可能性についてですが、ここで検察庁法改正のポイントを見ておきます。3点あります。
まず、①検察官の定年を現行の63歳から65歳に引き上げる、というものです。次に、②最高検次長検事や高検検事長、検事正ら幹部は63歳で、ポスト(役職)を退く「役職定年」を設ける、としました。
そして一番問題になっているのですが、③内閣か法相が必要と認めた場合、幹部(検事総長、最高検次長検事、高検検事長、検事正など)の定年を最長で3年延長(役職をそのままにして)できる、としたのです。普通は役職を離れるのですが、「内閣か法相が必要と認めた場合」とあるところに批判が集まりました。
しかし、現行の検察庁法第15条には「検事総長、次長検事及び各検事長は一級とし、その任免は、内閣が行い、 天皇が、これを認証する」とあります。もともと「任免」権は内閣にあるのです。大きく見れば批判は的外れということになるのです。
それでも指摘しなければならないのは定年延長の特例についての部分です。改正案には検事総長や検事長について、内閣が「最長1年ずつ3回任期を延長できる」とあり、内閣が検察幹部人事をコントロールできるかのように読めるのです。
これまで検察トップの検事総長に関する人事上の慣行がありました。それも独立性を担保する大事な要素になってきたといわれています。
法律上の任命権は内閣にあるものの、検察は検事総長候補を早い段階から一人に絞り込み内閣が検察の意思を尊重することが慣例だったのです。
また、総長は65歳の定年を待たずに退職し、次の候補者に道を譲ってきました。検事総長はおおむね2年程度在任した後、定年まで半年程度残して退職したのです。人事の不確定要素をできるだけ排する工夫の一つでした。
結局、検察庁法改正案は先延ばしとなりました。懸念に対する十分な説明が必要ということです。
改正は必要であると考えます。