愛の知恵袋 115
「ごめんね」のひと言を
(APTF『真の家庭』236号[2018年6月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

全く謝ろうとしない夫に失望

 「あの時、彼がひと言『ごめんね』と言ってくれていたら、こんなことにはならなかったかもしれませんが…」。40代で子供が2人というその女性は、ため息交じりに話し始めました。

 彼女は結婚して15年ですが、夫と別居するかどうかで悩んでいました。結婚当初から夫は帰宅が遅く、その時間も一定していないので、妻として心労も絶えずストレスが多かったそうです。

 7年前のある日、何の連絡もないまま夜中の2時に帰宅したので、遂に怒りが爆発しました。

 「あなたは、こんなに遅くまで何してるの!」

 「うるさいなあ! 男には付き合いってものがあるんだよ!」

 「だとしても、電話一本くらいする時間はあるでしょ!」

 「そんなことで、いちいち文句を言われたくないね」

 「あなたは私や子供たちのことを、少しは考えてるの!」

 「自分の稼いだ金で、ストレス解消をして何が悪いんだ!」

 と、そんな口論が続きました。全く自分の非を認めようとしない夫の態度に、怒りを通り越して悲しくなってしまったそうです。その後も、ことあるごとに衝突は続き、夫婦の関係は冷え込んでいき、性生活もなくなり、今では会話さえもほとんどなくなってしまったそうです。

妻にも必要な言い方の知恵

 もちろん、この時の奥さんの言い方にも問題はありました。前にも「アイ・トーク」(一人称話法)についてお話ししましたが、心に不満や怒りがある時に、主語が「あなた」で始まる「ユー・トーク」の言い方をすると、その瞬間に相手は反発して、険悪な雰囲気になってしまいます。

 理由は、ユー・トークの話し方は、話の内容が正当でも、その「言い方自体」が非難・攻撃の形であるために、相手は自己防衛本能で、即座に防御・反撃の態勢をとることになるからです。

 ですから、「あなたはこんなに遅くまで何してるの!」という相手を責める言い方ではなく、「私は、あなたが遅くなって電話一本もないと、安心して眠ることもできないわ」というアイ・トークで話せば、夫も意固地になることはなく、「いやあ、すまなかったね、実は…」と素直に謝ることができたでしょう。

 この点も踏まえた上で、今日のテーマの「ごめんね」の用法と効用の話を進めたいと思います。

謝罪としての「ごめんね」

 さて、程度の差はあれ、同様な夫婦のやり取りは、どこの家庭でも起きているかもしれません。

 このような衝突の場合、夫の言い分が正しいか、妻の言い分が正しいか…という是非論になりがちですが、問題のポイントはそこではなく、もっと初歩的で単純な問題です。

 つまり、夫がたったひと言、「ごめんね」と言えばよかっただけなのです。そのひと言が聞きたくて妻が非難しているわけですから、潔く最初に謝ればよかったのです。

 しかし、夫は妻の言い方に反発して開き直ってしまった。すると、妻はもっと怒って非難する。そうすると、夫は意地でも自己弁護と反撃を続ける…という悪循環に陥ってしまったのです。

 そう考えると、夫であれ妻であれ、私たちは自分に少しでも非があると感じた時は、即座に勇気をもって「ごめんね」と謝罪の言葉を言うことが一番賢い方法だと言えます。

潤滑剤としての「ごめんね」

 ところで、「 “ごめんね”というのは謝罪の言葉なので、自分が本当に悪いと思った時にだけ言えばよい」と思っている人もいます。しかし、そうとは限りません。

 私たちが人と接する時に、礼儀として、あるいは、丁寧な応対法としても活用されています。

 英語では、何かを尋ねたり頼んだりする時に、「イクスキューズミー」と最初に言います。

 日本語でも「すみません」とか「恐れ入りますが」と最初に言います。

 「すみません、市役所はどちらにありますか?」と尋ねられたら、誰でも喜んで案内してあげるでしょう。しかし、いきなり「市役所はどこですか?」と言われたら、ちょっと警戒するかもしれませんね。

 このちょっとした配慮を他人にはしている人でも、夫婦や親子の間では忘れがちです。

 日常生活のなかで、話の初めに、「ごめんね」のひと言をつけるだけで、人間関係が和らぎ円滑なものになります。例えば、こんな場合はどうでしょうか。

 妻「私、今日はちょっと帰りが遅くなるから」

 夫「明日出張だから、今日中に洗っといて!」

 たとえ家族同士でも、こんな不愛想な言い方をされたら、あまりいい気はしません。

 妻「ごめんね、今日はちょっと帰りが遅くなるんだけど」

 夫「ごめんね、明日出張になったから、今日中に洗っておいてくれる?」

 こう言ってくれれば、「ああ、いいよ」と気持ちよく受け入れてあげることができます。

 夫婦の関係を温かいものにしてくれる謙虚なひと言。大いに活用しましょう。