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スマホで立ち読み Vol.1
『死んだらわかるけど、それでは遅い』(9)

 「スマホで立ち読み」コーナーがスタートしました!
 記念すべき第1弾で取り上げたのは、北谷真雄氏のロングセラー『死んだらわかるけど、それでは遅い』。
 すでに読んだよというかたも、まだ読んだことがない、知らなかったというかたも、みんな立ち読みオーケーです。
 『死んだらわかるけど、それでは遅い』は第1章から第2章までをご紹介する予定です。

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北谷 真雄・著

(光言社刊『死んだらわかるけど、それでは遅い』より)

2.父の事故をきっかけに母が霊通

三年後、家が教会に

 父は百日近く入院した後に、退院しました。自分のことは自分でできるようになるのだったら、霊界から引き戻すと言われていましたが、実際にそのようになっていったのです。

 切断するしかないと言われていた左手でしたが、その手に茶碗を置いてご飯を一人で食べられるようになりました。右手は無事でしたから、車の運転もできるようになりました。足は少し引きずりはしますが、歩けるようになり、後には小走りができるまでに快復しました。

 ただ、皮膚の感覚だけは十分戻らなかったようで、行火(あんか/布団に入れて直接手足に当てて暖をとる暖房器具)で火傷(やけど)をしても気づかないほどでした。

 医者から死ぬと言われていた父が奇跡的に助かった、母を通して〝神様〟が示してくださることは、そのとおりに実現されるといったうわさが広まりました。それを聞きつけた人が、恩恵にあずかろうと、続々と母を訪ねて来るようになりました。

 私の家は小さな商売をしていたのですが、母は、父の命を助けてもらった恩返しをしたい一心で、喜んで人々の相談に乗っていました。「自分を見てほしい」、「どうしたらよいか教えてほしい」という人たちに、母は、霊界と交信しながら、解決策を提示していったのです。また求められれば、夜でも嫌な顔一つせず出掛けて行きました。このようにして、人助けの生活が始まったのです。

 三年ほど経った頃、〝神様〟が「家を教会にしなさい」と言ってきました。それで、大きな家ではありませんでしたが、教会にしたのです。その時、私は小学生になっていました。

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 「スマホで立ち読み」第1弾、『死んだらわかるけど、それでは遅い』をご愛読いただき誠にありがとうございます。続きはぜひ書籍でお読みいただければ幸甚に存じます。


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第1弾『死んだら分かるけど、分かったら遅い』
 
第2弾『霊界はある。霊人たちはいつも共にいる』