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青年の希望 18

 あの『文鮮明(ムン・ソンミョン)師御夫妻メッセージ集 青年の希望』が、30年の時を超えてBlessed Lifeに掲載されることになりました。
 「膨大な文師の講話集の中から、特に日本の青年に対して希望を与えようと、日本語で語られたもの」が選ばれ、まとめられたみ言集です。
 若い世代はもちろん、全世代にお読みいただきたい、読めば読むほど、元気が出てくるメッセージ集です。(一部、編集部が加筆・修正)


(光言社・刊『文鮮明師御夫妻メッセージ集 青年の希望』〈1995年11月10日初版発行〉より)

西洋と東洋の調和

 西洋人はおなかを下にして寝ます。多くの人がこういう寝方をします。彼らは知らずに、地上を見下ろしている立場を象徴しているのです。
 ほとんどの東洋人は、背中を下にして寝ます。これは天を見上げていることを意味し、精神文明を象徴します。特に時代の終末においては、人々の行動は象徴的意味をもちます。

 西洋人は少しばかり寂しく感じるかもしれませんが、それは仕方がありません。事実なのです。どうやって事実を変えることができるでしょうか。
 西洋文明は、物質を通して物質によって世界に奉仕します。しかし、それがすべてではありません。東洋は、その精神面において世界の指導的立場にあります。

 東洋は西洋に寄与します。神は一つの高い理想をもっています。二つの要素が幸福を形成するので、神は精神的性質と肉体的性質を人間に与えたのです。これらを調和させることによって、神は幸福を期待されたのです。

 アメリカ人が人を呼ぶ時、手のひらを上にして呼ぶのは、とてもおもしろいことです。実際にそれは、「天よ、こっちに来い。私のほうに来い」ということを象徴しているのです。
 そして東洋人が人を呼ぶ時には、手のひらを下にして動作をします。それは天の立場に立って、「地よ来い」と呼んでいることを意味します。それは、とても象徴的です。

 西洋文明はすべてのものを最小部分まで分析します。しかし東洋的思考は、問題を、要点または核心をねらって全体を把握しようとします。

 西洋人は、幸福な時には体いっぱいにそれを表現します。彼らはそれを完全に表し、何ものも隠しません。しかし東洋人には、「あいまいさ」というものがあります。彼は幸福な時、ある時は幸福そうに、ある時は不幸そうに見えます。

 歴史を通じて、すべての物質的なものを捨てて、霊的に完全となろうとしたのが東洋的美徳でした。

 東洋人は貧乏です。彼らは悪なるがゆえに貧しいのではなく、神によってそう運命づけられているのです。そのため神は西洋文明を、東洋文明のために相互的に準備されたのです。

 私たちは一つのことを明確にしておかなくてはなりません。それは、単なる物質文明の行き着く先は、悲惨でしかないということです。
 ところが、精神文明の行き着く先には希望が姿を見せます。希望こそ、貧しさの末に、私たちが得るものです。

 「西洋人よ、どこに行くのですか」と聞かれたなら、西洋人は「私たちは東洋に学びに行くところです」と答えるに違いありません。そのように定められているからです。
 そして、東洋人は「どこに行きたいのですか」と尋ねられたなら、「西洋へ行きたい」と言うのです。そこで彼らは、今までかつて経験したことのないものを経験するでしょう。

 私たちは、物質文明が、その終わりに差しかかろうとしているということを確実に予想できるし、だれもがそれを容易に理解できます。そのことから、私たちはとても劇的なことを期待できます。

 西洋人たちが生き残れる唯一の道は、東洋的思考がとても価値あるものだと思えるような、ある道を見つけようと努力することです。
 言葉を換えて言えば、西洋人は自分自身を東洋思想に服従させ、その中に入って、そこから学ばなければなりません。
 なぜならば、人は自ら謙虚になってこそ初めて学ぶことができるからです。

(続く)

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 次回は、「理想の拡大をお届けします。