2024.09.16 12:00
私の心の中にいる神様 27
良心との対話で、ワクワク感が止まらない!
毎週月曜日に配信予定です。
初出は2020年に配信されたものです。
誰にでも輝く良心がある
職場の上司(男性、40代)の暴言に悩んでいました。
「お前がバカなのは親に学がなく、教養のない家庭で育ったからだ」とか、私の母のことを、事実に反して「(精神的に)病的」と公の場で言われたこともありました。
自分が誇りに思う両親を悪く言われたことが悲しくて悔しくて、行き場のない苦しさを感じていました。
「神の祝福を願う祈り」のワークをしながら、その上司の幸せを祈って光(神の愛)を送ろうとするのですが、上司のことを考えるだけで気持ちがずーんと沈み、祈ることができませんでした。
教会スタッフのかたから、「その人のために祈ることが難しければ、もう少し葛藤の小さな人のために祈ることから始めたらいい」とのアドバイスをもらい、実践してみました。すると不思議に、上司に対しても少しずつですが光を送れるようになりました。
こうして数日の間、光を送っていたところ、突然その上司から私を含む数人が、「今度の休日、一緒に食事をしよう」との誘いを受けたのです。
私は一瞬、「また何か傷つくことを言われたらどうしよう」と躊躇(ちゅうちょ)してしまいました。
「自覚を取り戻す」ワークをしながら、意識を「今ここ」に戻していくと、「まだ起こってもいないことを恐れ、心配してもしょうがない」という気持ちになりました。
そこで、その上司の誘いを受けることにしました。そして、「最初から最後まで真の愛を中心として上司を見つめ、接することができますように」と祈りながら、約束の日まで過ごしました。
その日、上司はなぜかとても上機嫌でした。相変わらず、こちらが傷つくような過激な発言もあったのですが、その言葉がスポッスポッと私をよけていくような感じで、全然ダメージを受けないのです。それどころか私は、会話を楽しんでさえいました。
帰りの方向が上司と同じだったので、電車では上司と2人になりました。そこで上司の親友の話になった時、上司が感極まって目頭を押さえる場面があったのです。
私はそんな上司の姿に驚きながら、「この人にも、人を大切に思う良心があったんだ」と大発見をしたような気持ちになりました。
「誰にでも輝く良心がある」というのは当たり前のことなのですが、それを感じることができないくらいに、私は上司に対して壁をつくっていたのです。
そのことが分かると、もううれしくてうれしくて、帰り道、神様に「この人の良心を見せてくださってありがとうございます」と、感謝のお祈りをしました。
今後も葛藤することはあるでしょうが、常に心の目で相手を見て、良心を信じて向き合うことを心がけていきたいと思いました。
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次回は、「自分の“上から目線”が問題だった」をお届けします。