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愛の知恵袋 187
立つ鳥、跡を濁さず…終活考(中)立志継承編

(APTF『真の家庭』308号[20246月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

もう一つの終活…私の夢を誰に託すのか

 先月号では終活の基本として、自分に万一の時、残された家族が困らないようにするため、身辺の総整理とエンディングノートの作成方法についてお話ししました。

 きょうは、もう一つ、私たちが本当に“後顧の憂いなく他界する”ために必要なこととして、「後継者の育成」に関するお話をしたいと思います。

 皆様の中には、「若い時にある理想を抱き、その夢を実現するために一生努力をしてきた」という方がおられると思います。

 その夢が単なる趣味の範囲のことであれば、自分一代で終わっても良いでしょう。しかし、その夢が世のため人のためになることであり、ぜひとも実現すべきものであるならば、一代で消滅させてはならず、何とかその志を引き継いでくれる後継者を立てるべきです。それが“終活”で成すべき課題の一つだと思います。

どんな事業でも後継者の有無で盛衰が決まる

 政治、経済、教育、医療などの事業でも、学術や技術、芸術や芸能の分野でも、あるいは宗教や思想にもとづく社会改革運動でも、良き継承者がいるかいないかで、継続し発展するか、衰退し消滅するかの命運が決まります。

 例えば、歌舞伎や能という伝統芸能が現代にも生きて精彩を放っているのは、創始者が生涯をかけて芸を研鑽し、その伝統を親から子へ、子から孫へと継承することに心血を注いできたからです。

 医療分野でも、身体障害者の社会復帰に生涯をかけた中村裕(ゆたか)博士の精神と生きざまに啓発された多くの医療従事者が、その志を引き継いで広げてくれたおかげで、今日の日本社会には障害者に対する温かい理解と支援制度が実を結んでいます。

 宗教の世界はさらにスケールが大きく、志の継承は数千年という単位になります。開祖の教えが千年を超えて命脈を保ち、今なお理想実現のために活動している教団があれば、それは優れた思想を持っているだけでなく、代々の信徒たちが命がけの努力をし、志を子供や弟子たちに継承させてきたからにほかなりません。

大事は一日にして成らず

 志というものは大きければ大きいほど自分一代では成就できず、継承者を必要とします。もし、「誰かにこの道を受け継いでもらいたい」という思いを持っているのであれば、必ず後継者を育てるべきです。

 継承者として最も理想的な人物は、もちろん自分の子供や孫たちです。自分が心血を注いできた志があるならば、それを受け継いでもらえるように、最大限の愛情と真心を尽くして育成に力を注ぐべきでしょう。

 では、自分の子供たちが難しい場合はあきらめるべきでしょうか? そうではありません。

 もう一つの方法は、弟子を育てることです。自分の志を伝え、その活動を受け継いでくれる弟子たちを養成すればよいのです。

 ソクラテスの弟子プラトン、プラトンの弟子アリストテレス。この三代の師弟関係があってこそ、歴史に残るギリシャ哲学の命脈が保たれました。

 キリスト教の祖であるイエスも実子がいませんでしたが、寝食を共にして愛した12弟子や70人門徒を信仰の子孫として残していったのです。

後世のために自叙伝を書いておこう

 後継者育成で最も理想的な形は、実の子孫と弟子たちの両方を育成することです。

 両方が無理ならば実の子孫だけでも育てるか、又は、弟子だけでも残すことです。

 その場合、「自叙伝」を書いて自分の足跡を残しておくと、子供たちや弟子たちにとって非常に大きな力になります。

 さらに自叙伝は、子供も弟子も育成できなかった場合でも役に立ちます。なぜかというと、自分が目指した理想と生きてきた足跡をつぶさに書き残しておけば、いつの日か、子孫の誰かがそれを読んで一念発起してくれるかもしれないのです。

 自叙伝の書き方は自由です。一番簡単なのは、まず一生を思い出して時系列に並べた自分史年表をつくり、あとで時期ごとに肉付けをすればよいのです。

 どんな道でも、先達(せんだつ)の熱い思いや苦労と努力の体験記録が、道を踏襲する者にとっての大きな励みとなり、刺激となり、指針となります。

 その意味で、私たちが自叙伝を書いておくことは、実の子孫や弟子たち、あるいはいつの日かそれを目にして一念発起してくれる誰かにとって貴重な資料となり、宝物になります。

 先日、故人となられた歌手、谷村新司さんの名曲“昴(すばる)”が胸に響いてきます。

 「呼吸(いき)をすれば胸の中、凩(こがらし)は吠(な)き続ける。されど我が胸は熱く、夢を追い続けるなり。ああ、いつの日か、誰かがこの道を、ああ、いつの日か、誰かがこの道を…」

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