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スマホで立ち読み Vol.31
『文鮮明先生の日本語による御言集 1』18

日本歴史編纂委員会/編

(光言社・刊『文鮮明先生の日本語による 御言集 1』〈2015年2月12日第2版発行〉より)

 スマホで立ち読み第31弾、『文鮮明先生の日本語による御言集 1』を毎週水曜日(予定)にお届けします。
 真のお父様が語られた日本語がそのまま残されていて、当時の雰囲気を味わうことができます。日本に対する真の父母様の深い愛を感じる一冊です。

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一、「神の目的と我々の目的」

1965128
本部教会(東京都渋谷区南平台)

(祈祷)

 天の父よ、弱き表情を神に捧げて、限りなき叫びでもって、天はいるか、神はいるか。その時の、自分のことが思いこがれるのでございます。

 神は一人を通して、全体を勝利の道に導き得るという、その決意でもって我々を選んだことを感謝しております。どうか、神御自身が願っておった心情の世界、居ても居ても、居なければならないその世界、そこに生活しても永遠に続き得るその世界。そして神は真の父であり、御旨に我はなくてはならない真の子女である。

 愛なる神よ、手を握り、袖(そで)に頬(ほお)をつけながら生きておった我が父よ、歴史的な悲哀なる道を歩んで来た父に対して、何も言いようがないその立場に立っておる神を、仰ぎ見るその自分が我々は欲しいのであります。

 神の額(ひたい)には(汗の)しずくが、神の手には敵の弓矢の跡があり、茨(いばら)の跡がある。苦痛の道をまた行かなければならない事情が潜んでおるというような神を、我は迎えなければなりません。

 永遠の栄光を唱えながら、万物を命令するその神は、我々には必要でありません。愛と幸福を我々に授け得るその神は、我には必要ではありません。その神を必要とする前に、十字架上におきまして血を流しながら涙を流すその神が我々に必要であります。

 惨(みじ)めなるこの現世におきまして、贖(あがな)うことのできないその罪人を抱き、そして涙を流すその親が必要であります。その親を真に迎えなければ、栄光の親は栄光の父は迎えることができません。

 これは、神の今まで蕩減復帰原理という惨めな名詞を立たせて行く復帰路程であるということを我々はわかりました。アダムの家庭におきましては、アベルの行く道が神の道であり、ノアにおきましては、惨めな120年間苦労しながら、周囲の迫害、周囲の評判、いろいろな不自然な立場に立ったノアが、心に決心したその決意を120年まで引き続けて行った、その心の底には神がおった立場であるということを、我々は覚えなければなりません。

 アブラハムの祭壇の上におきまして、神はまたそこにおり、モーセのミデヤンの荒野におきまして、神はおったという。キリストのゲッセマネの、あるいはゴルゴタへの路程におきまして、神はおった。

 神は、歴史上にはいつも、一時(いっとき)として栄光の神として現われたことがない。我々はこれを知らなきゃならない。現われる神は惨めな神である。十字架上をまた超えて行かなければならない。

 行くべき人生の最高の目的の世界を開拓しなければならない、世界的な十字架を負った開拓者であるということを考えた時に、最高の十字架におきまして両腕を持って抱く、その神に報いることのできますように、どうか日本におる食口(シック)たちを導いてください。

 いかなる苦労がありましても、行かなければならない我々の最上の目的地である神の創造の世界、地上天国に我々は向かって行かなければならない。

 自分の旦那(だんな)さんが反対しても、あるいは父母が反対しても、兄弟がその反対しても、国家が、すべての世界の人類が反対しても、死を対峙(たいじ)して行かなければならない復帰の路程の中に、我々は立っております。ここには血がなければなりません。涙がなければなりません。

 あるいは汗を流しながら、死を自分の生涯の目的として、「死のうとする者は生き、生きんとする者は死す」ということは、あなたから授かった貴重な言葉だということを我々は知っています。敵は自分の家庭にあるという、近い所にあるという。

 だから、蕩減復帰の道では、十字架の道をたどって行きます。苦労の道をたどって行きます。現世を離れて、我々が持っているその事情とか心情とか、あるいは希望とか、すべてのものを後にしなければならない。

 そして、真っ裸に裸足(はだし)になって空(から)になって、そして目には涙を流し、額には汗を流し、心情には、神につながる血を絞(しぼ)るような痛む心を持って神に向かわなければ、神自身も問題にすることができない、歴史的な苦労の道を歩んだ神である。

 その神は我々の親であるということを、どうか日本の食口たちの心の中に深く感ずるように、この時間、力を授けてください。握る手を熱くして、信仰の上に信仰を注ぎ、力の上に力を注ぎ、そして希望に希望を注いで、この地上に先立って、神が信じ得る男、女になるように力をつけてください。

 そして、この日本を負うて太平洋を越え、あるいは南方、アジアを越えて、全人類に先立って、叫ぶことができますように。そういう人たちがここに集まっておる人たちから出ることができますように、切にお願い致します。

 我々は一つの家庭に住まなければなりません。我々は一つの言葉と一つの心情を分け合いながら、神に侍(はべ)り、そして栄光を讃えながら行かなければなりません。

 そうするには、十字架、世界的なゴルゴタを超えなければなりません。それを考える時、今、出発しておるこの路程は、もっともっと大きな責任と使命があって、神はここまで送らせて来ました。まだ行かなければならない路程先を、行く先を残しております。

 どうか、この旅行を通してすべての心情を結び得る、夢に会う先生に直接会って、膝(ひざ)をついて頭を下げて、涙をこぼし得るこの時間を授けてくださったことを本当に感謝します。

 日本には、こういう集まりは、この人たちしかないと思う時に、神よ、覚えてください。そして、最後に勝利を得るように力をつけてください。

 そうして、神の前にいつも勝利の勇士として立ち得ることができますように守ってください。幾日間ここにとまる時、すべてを打ち明けて、神が喜ぶ時間を過ごすことができますように御守ってくださらんことを切にお願い申し上げます。

 若き心の中から神を誉(ほ)め称(たた)える賛美の声が、この地から日本全国に広がることができますように。

 神は真に我々を立ててくださるために、涙でもってたどって来ました。血と汗でもってたどって来ました。無条件に我々は受けましたから、無条件の涙、無条件の血と汗とを惜しまないで、前進、前進、神の目的地に先を争って走ることができますような食口たちにならしめてください。

 神にすべてを捧げますから守ってください。神の平和と神の希望と神の喜びと、我々の努力のもとに、あらゆる動きとして、それを受け入れてくださいますように。

 我々は、忍び忍んで行かなければなりません。神は我々を守ってくれなくてもいい。そして、そこにおいて、神を讃美し得ることが、凱旋(がいせん)の再建の歌を歌うことができますように、我々を御導き守ってくださることを切に祈りながら、今日のすべてのことを感謝しながら、真の親の御名を通して祈ります。アーメン。

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 「スマホで立ち読み」での連載は、今回が最終回となります。ご愛読ありがとうございました。続きは、ぜひ書籍でご覧ください。



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