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コラム・週刊Blessed Life 311
ハマスの実像とイスラエルの苦悩

新海 一朗

 ハマスは昨年10月、イスラエルを越境攻撃し、イスラエル側では外国人を含めて約1200人が殺害されました。
 その時以降、現在までの6カ月余り、イスラエルの報復攻撃を受けたパレスチナ側の死者は33137人に達しているとガザ地区の保健当局は発表しています。犠牲者の7割は女性、子供たちです。

 もちろん、昨年107日のハマスの越境攻撃がなければ、これほどまでの終わりのない報復合戦の様相は生まれなかったかもしれません。
 イスラエルとハマスとの戦争は、1980年代から続く根の深い戦いであり、報復が報復を呼ぶ戦いになっています。

 昨年10月のハマスによるイスラエルへの襲撃は、パレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスが攻撃を仕掛けたわけですが、その背景を読み解くと、イスラエルによる強硬なガザ封鎖と国際社会の無関心がハマスをテロに走らせた、という見方もできます。

 そもそもハマスとは、「イスラム抵抗運動」の略称ですから、その名のとおり「抵抗」を中心とする運動組織です。
 創設されたのは198712月で、「インティファーダ」というパレスチナ住民による民衆蜂起が始まった時期です。

 イスラエル占領下のヨルダン川西岸地区とガザ地区に住むパレスチナ人たちが、イスラエルの支配に対して、石を投げて抵抗運動を始めます。
 その時、パレスチナ人たちが、イスラエル支配への抵抗に参加することを宣言して設立されたのがハマスです。

 イスラエルは、占領地のパレスチナ人たちに対して保健や教育といった行政サービスを提供しませんでした。
 そのため、パレスチナ人自らNGO(非政府組織)のような形でクリニック、学校、学童保育、幼稚園などの行政サービスを担うことになりました。

 ハマスの源流は、このNGO的な社会福祉団体としての活動から始まりました。
 こうした福祉活動団体の顔を持っているのがハマスです。

 1987年の正式な設立を契機に、やがて軍事部門につながる実力行使部隊を備えるに至ります。
 ハマスは、創設の段階で福祉団体として、次に抵抗運動組織、武装組織としての「顔」を持つに至ったのです。

 そして2000年代に入ると、ハマスは政党を結成し、2005年のパレスチナ地方議会選挙に参加しました。
 翌2006年の第2回自治評議会選挙(国政選挙に相当)では過半数の議席を獲得し、ついに与党になりました。

 結局、ハマスは福祉団体、武装組織、そして最後に政党という三つの機能を果たす、いわば国家的組織に成長しました。
 ハマスはガザ地区住民に生活面で完全に寄り添っているのです。

 ガザ地区222万人の住民の生活を守るハマスが、このような疑似国家的な一大機能を果たす組織に成長したことから見れば、簡単にイスラエルに降伏しない理由が分かります。
 イスラエルも命懸けですが、ハマスも命懸けです。どちらも一歩も引くわけにいかない戦いに向き合っているのです。

 武力という点から見れば、圧倒的にイスラエルに分がありますが、それでもハマスは簡単には降伏しません。
 短時日の停戦があっても、すぐにまた戦いの火ぶたが切られる状態となります。

 どれほど国連が動いても、米国が働きかけても、イスラエル・ハマス戦争を終わらせる解決策は今のところ、見つかりません。
 この戦争は、人類が抱える最も厄介な問題の一つなのです。