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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。
 誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。

17話「幼な子のように」

 クリスマスを迎えた12月。義母シホは、私の訪問をきっかけに「祝福」を意識するようにはなったが、最終的に祝福を受けるかどうかについては逡巡(しゅんじゅん)していた。

 1225日。クリスマスの夜のことだった。

 自宅の電話が鳴った。電話の主は義母だった。ナオミが受話器を取った。ナオミは義母の声を耳にすると、パッと明るい表情で応じた。

 「あ! おばあちゃん、メリークリスマス!」

 ナオミは義母に、即座にクリスマスのメッセージを伝えた。

 「あら、ナオミちゃん? メリークリスマス! 元気にしてた? クリスマスの一日をどんなふうに過ごしたのかしら」

 「おばあちゃん。もちろん、今日はイエス様の誕生をお祝いする日だからね。イエス様のことを思いながら過ごしていたわ」

 「うれしいわ、イエス様のこと思ってくれて。でも、受験勉強も追い込みでしょ? 風邪をひかないように気を付けてね。ナオミちゃんのために何もしてあげられないけど、いつもお祈りしてるわ、ナオミちゃんの進路のこと、神様のみこころにかなうものとなりますようにって」

 「おばあちゃん、ありがとう。…あのね、中2の夏休み、おばあちゃんのうちで過ごしたでしょ。
 あの時、おばあちゃん、ママの中高生の頃のお話たくさんしてくれたこと覚えてる? おばあちゃんのお話を聞いて、私もママのように、誰かのために役に立てる自分になりたいって思ったの。世界の子供たちを元気にする仕事がしたいなって…。
 その気持ちは今も変わってないし、そのために高校や大学で一生懸命勉強しなきゃって思ってるの。
 おばあちゃん、ママのこといろいろ教えてくれてありがとうね。おばあちゃんにすごく感謝してる」

 義母は孫娘の、将来に対する純粋で熱い思いに触れて心が躍った。ナオミの人生に何か役に立てたようでうれしかった。
 義母は一瞬、恍惚(こうこつ)となって「主よ、感謝します」とつぶやいた。

 「ナオミちゃん、ありがとう。きっと誰よりもママがいつもナオミちゃんのそばにいて支えてくれているわね。
 …ナオミちゃん、パパはいるかしら?」

 義母の目的は私と話すことにあった。祝福のことをどうするかを伝えるためだった。

 「タカシさん、お疲れさま。先日はわざわざ湯布院まで来てくれてありがとう。いろいろお話ができてよかったわ」

 ナオミのように明るく応えようとしたが、思うようにいかず、声が喉にこもった。私の硬い心がそうさせたのだ。

 「タカシさん、ナオミちゃんと話せてよかった。すごく元気をもらったわ。タカシさんとタカシさんのご両親に感謝するわ、ナオミちゃんをこんなにもすてきな女の子に育ててくれて。
 ナオミちゃんが成長するにつれて、時々ナオミちゃんとカオリの区別がつかなくなることがあるの。ナオミちゃんと話すと、すごくカオリのことを感じるのよ。もちろん母子(おやこ)だから似てくるんでしょうけど…、なんだか不思議な感覚だわ」

 義母と話をするたびに、義母との心の距離が以前よりも近くなっていることに私は気付いていた。
 義父の死をきっかけに義母と交流する機会が増えたこともあるが、ナオミの中だけでなく、義母の中にもカオリの存在を強く感じるようになっていたからだ。

 「タカシさん、実はね。祝福のお話、すごく悩んだのよ。
 クリスマスが過ぎる前に話しておかなきゃって思って…。それで電話したの。
 実はね、やっぱり、断ろうかとも思ってたのよ。でも、なんだかナオミちゃんに勇気をもらったなって…。タカシさん、決めたわ。あなたのご家族と一緒に祝福式に参加するわ」

 「心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである」(マタイによる福音書 第1835節)

 イエスが弟子たちに「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」と問われて答えた時のこの言葉が最近気になって仕方がなかったと義母は語った。

 「ナオミちゃんと話していると、幼な子のようになるってこういうことなのかしらって思わされるのよね」

 義父のシュウサクには、すでにカオリが伝えているはずだ。きっと義父も祝福を受けることを望んでいる。

 いつもなら自宅の電話は私が取る。しかし今回はナオミが先に受話器を手にした。それも意味あること。カオリの導きに違いない。

 私は義母と来春までに祝福に関する学びをする約束をして受話器を置いた。

 霊肉界合同作戦。
 作戦会議もなく、いつ何が起こるのかも分からない。ただ、見えない世界からの働きかけがあって、それが何らかの現象となって見える世界に現れるということは分かる。

 ナオミも私の両親もそんなことは少しも意識していないだろうが、私から言わせれば、合同作戦のオペレーションを見事に遂行している。うらやましい限りだ。

 わが家で今何が起きているのか。
 確かなことは、「祝福」を中心に霊肉界合同作戦が進行しているということだ。

 祝福式はちょうど120日後に行われる。

 しかし油断してはならない。
 万人に祝福を与えたいと願う神がいらっしゃる一方で、それを阻もうとする勢力が存在するからだ。

 「絶えず祈りなさい」

 カオリの声だろうか。
 本当にそのとおりだ、と私の本心の声が応える。私の不安を拭うようにカオリの声が心の中でリピートした。

 祝福は受けさせるものでも強制するものでもない。私の両親も、カオリの両親も、自らの意思で神から与えられた祝福を受け取るべきなのだ。

 だから私にできることは祈ることだけだ。
 真心で祈り、なすべきことをなす、それだけのことだ。

 私は肩の力を抜いた。
 自然と笑顔になっている自分に気付く。

 「パパ、良かったね。私も受験勉強頑張るね。夢と志を持って生きよ!だよね、パパ」

 ずっとそばで義母とのやりとりを聞いていたナオミが口を開く。

 「幼な子」の力は偉大だ。子供たちの元気の力が天国の扉を開き、祝福の道を開くのだ。

 祝福とは、神の子となること。私は改めてその言葉の意味をかみ締めた。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野尚実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母

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 次回もお楽しみに!

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