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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。
 誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。

16話「祝福は“永遠の関係”ד理想家庭”」

 カオリの両親を祝福に導く。それが父から示された「条件」だった。もちろんこの条件は、何かの取引の意味でも、駆け引きのための言い分でもない。
 父の背後には、カオリの言うように、万人を祝福したいという神の無条件の願いがあるはずだ。初めから、人は全て祝福されるべき存在なのだ。

 一年前の湯布院へのナオミと私の巡礼の旅は、確かに義母と私たち夫婦との間に存在した見えない壁を崩し、溝を埋めるものとなった。

 しかし家庭連合の教えの核心である祝福を、カトリックの信仰に篤(あつ)い義母が受け入れてくれるだろうか。
 カオリの両親はカオリが選択した人生を結果的には尊重してくれたが、家庭連合、旧統一教会を異端とするキリスト教の立場から離れることはなかった。

 私の所属する教会では、四半期に一度、既婚者を対象に祝福結婚式を行っていた。配偶者と死別している場合でも、どちらかが存命で希望すれば、祝福の対象となった。
 近いところでは、クリスマスの時期に祝福式が予定されていた。その次は来春の開催が計画されている。

 義母の祝福について思案に暮れていたが、街にクリスマスツリーが飾られる頃、私の背中を押すように福岡出張の仕事が入った。
 どちらかと言えば、理性的で合理的な物の見方、考え方をする私だが、この時ばかりは神の導きを感じざるを得なかった。霊界からの協助だ、と素直に信じられた。いや、そう信じたかった。
 何より私の本心が、義母に祝福のことを早く知らせるべきだと欲していた。私はすぐに受話器を取って義母に連絡した。

 「お義母さん、12月の初めに福岡出張が入りました。せっかくですから、出張先の仕事が終わったら湯布院に伺いたいのですが、よろしいでしょうか」

 「もちろん、歓迎よ。温泉に漬かってゆっくりしていったらいいわ」

 「ええ。でも今回は、折り入ってお義母さんに相談したいことがあるんです。少しお時間を取っていただけないでしょうか」

 「あら? 何かしら」

 「私の両親も来春には青森に戻ると言っていますし、これからのこととか…いろいろと話せたらと…」

 私は祝福のことには一切触れないまま、最後は「とにかく訪問しますから」と、念を押すような格好で電話を切った。

 出張の日。羽田空港の出発ロビーには、赤やゴールドを基調としたオーナメントで彩られた大きなクリスマスツリーが鮮やかにきらめいていた。

 カトリックの信仰を持つ義母はこの時期をどんな思いで過ごしているのだろうと、そんなことがふと脳裏をよぎった。

 「イエス様は十字架で死ぬべきではありませんでした。イエス様は結婚して、家庭を築くべきでした。それが神様の願いだったのです」と話したら、義母はどんな反応をするだろうか。

 出張先での仕事を終え、その足で私は湯布院へ向かった。
 福岡市内から湯布院までは高速バスで2時間半ほどである。

 車中、義母に祝福の話をどう切り出し、どんなふうに話そうかと、頭の中でシミュレーションを試みる。義母に祝福の価値を分かってもらうためにはどう説明すればいいのか。

 このような時に信仰者は、ひたすら祈るべきなのかもしれない。しかし私は、熱心に祈る方ではなかった。義母を説得しようなどという考えも覚悟も持っていなかった。

 それでも今、私は義母のもとに行くために、湯布院行きの高速バスに乗っている。
 夕暮れ時の高速道路を走るバスに揺られながら、義母に思いをはせる。

 義母は、すでにあの世の人となった夫と祝福を受けることになる。
 いや…。愛の世界にはあの世もこの世もないのだ。

 果たして理解してもらえるだろうか。

 義母を説得しに行くのではない…。
 私は今回の訪問の目的を心の中で反すうした。

 ナオミの言葉が思い出される。

 「おじいちゃんとおばあちゃんを喜ばせるための一番大きな贈り物」

 そうなのだ。祝福は神様からの最大の贈り物なのだ。クリスマスの最高の贈り物として、私は義母に祝福のことを知らせるために湯布院に向かっているのだ。

 義母は由布院駅前バスセンターの停留所で私を迎えてくれた。

 「タカシさん、お疲れさま。よく来てくれたわね。おなか空いているでしょ? 家に着いたら、すぐに夕食にしましょうね」

 義母が一人暮らしになって年半が過ぎていた。篤い信仰心があっても、悲しみや寂しさは簡単にぬぐい切れるものではない。それは私も体験済みだ。
 一人の食事の時間がどれほど孤独だろうか。義母と一緒に食事をする機会をもっと持つべきだったのだ。

 その日の晩は、義母の手料理を囲んで近況を語り合った。義母は孫娘の成長を喜び、私の両親のことは学生時代の同級生の話でも聞いているかのように笑顔でうなずいた。

 「お義母さん、カオリさんが祝福を受けた時には驚かれましたよね。あの頃、統一教会の信仰を持つことを認めてくださり、私たちの祝福結婚も、本人同士が同意しているなら、と受け入れてくださいましたね。本当に感謝しています」

 「でもね、タカシさん。夫も私もずっと複雑な気持ちを抱いていたのよ。それでも、カオリに幸せな結婚をしてほしいという気持ちの方が強かったの、夫も私も。タカシさんに対しては、いい印象を持っていたわ。何よりカオリが心から喜んでいたのが分かるから、反対する理由が見つからなかったのよ」

 「ありがとうございます。…お義母さん、…カオリさんと私が最初に出会った時のことをお話ししてもいいですか」

 「ええ、もちろん。ぜひ聞きたいわ」

 「ご存じのとおり、祝福結婚は一般的なお見合い結婚に似たところがあります。私たちが尊敬し、信頼している、親のような人、それが文(ムン)先生ご夫妻なんですが、そのかたに結婚相手を紹介してもらって二人は出会うようになり、結婚することになったんです。カオリさんと私は最初に出会った時、いろんなことを互いに質問し合ったのですが、その中で、二人の間にこんなやりとりがあったんです。それはある意味で私たちの未来を暗示しているような内容でした」

 私は当時のカオリとのやりとりを義母に再現して見せた。

 「タカシさんにとって、祝福って何ですか?」とカオリは私に尋ねた。

 「…そうですねえ。永遠の関係、かな」と私は答えた。

 「永遠の関係…。そうなんですね…」

 「では、カオリさんにとっては? 祝福ってどういうものなんですか?」

 「私にとって祝福は、理想家庭を築くことです」

 カオリは目を輝かせてそう語った。

 私はあの時の対話を完璧に記憶している。
 私とカオリの出会いは、「永遠」と「理想」の出会いだったのだと。
 「祝福=“永遠の関係”ד理想家庭”」なのだ。祝福は、足し算というより掛け算だ、と思う。互いが乗り越えた分だけ、成長した分だけ、答えの数は大きくなる。

 「お義母さん、どう思われますか? その短いやりとりの中に、二人の人生観や信仰観が見て取れるなあって私は思うんです。祝福は二人で完成させるものだなって。それが天国の起源なのかなあって」

 「…いいお話ね、タカシさん。永遠の関係である二人が理想家庭を築く、それが祝福、そこから天国が始まる、ということなのね…」

 「お義母さんとお義父さんも天国で永遠に一緒です。祝福は神様と人間の、必ず成就させなければならない約束の証しだと思うんです…」

 「…タカシさん、どうしたのかしら。私、体の右側が急に温かくなってきたわ…」

 義母の目からは熱い涙が流れていた。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野直実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母

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 次回もお楽しみに!

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