https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=22576

小さな出会い 19

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「小さな出会い」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭の中で起こる、珠玉のような小さな出会いの数々。そのほのぼのとした温かさに心癒やされます。(一部、編集部が加筆・修正)

天野照枝・著

(光言社・刊『小さな出会い』〈198374日初版発行〉より)

ほんとは好き

 サッと足を出した敏速さは、これが動作ののろいことでは定評のあるわが娘か、と目を疑うほどでした。いい気持ちでオモチャを抱きしめ歩いていた弟は、みごとにひっかけられてズデーン。火がついたように泣きわめき、女々(めめ)しくも倒れたまま私の加勢を待っているようです。何とその弟の手を娘は踏んづけようと足をあげます。

 「えみちゃん!! なぜそんなことするのっ!」

 やっぱり黙っていられなくなって、どうしてもいじめている方を叱ってしまいます。すると娘はひいーっと泣きだし、

 「おこらないで、ママ、おこらないでぇー」

 この泣き声のすごさ! あれ、私はムチでもふりまわしたんだったかしらと一瞬ぎくっとするくらいです。閉口してしまって、

 「怒ってないのよ。ただ弟と仲良くしないで、いじわるばっかりするのはやめなさいね」

 「だってひろくん嫌いなんだもの、あっち行け」

 幼稚園も保育園もお休みの数日間、この突然な、そしてしつこい弟いじめが続きました。何とかしようといろいろやってみましたが、気が紛(まぎ)れている間は良くても、部屋に入ったとたんがぶりとかみついたりします。

 原因はママを独占するのに弟が邪魔だということらしいのですが、ちょっと病的でした。

 「ああ、もううんざり!」

 「足に火傷(やけど)をしたのが原因じゃないかな。おぶってもらったり病院へ行ったりで、赤ちゃんに返ったんだろう。病気の時の気持ちじゃない?」

 夫が、5歳の娘にまきこまれて感情的になっている私をみかねて言ってくれました。

 “そうか、なるほど。じゃ重症になる前に、たっぷりつきあってやろう”

 と、娘と一日過ごしたのです。

 まず、ロマンチックな雰囲気の好きな娘のために、ブランコのある喫茶店でモーニング・サービス。コーヒーシュガーをひとかけ入れて大喜びでミルクを飲み、大好きなバターとジャムのトーストとゆで卵を食べているうちに、笑顔がひろがってきました。

 公園で遊んでから、昼食はお寿司。ぐるぐるお皿をのせて廻っている元禄寿司ですが、娘はものすごく喜んで、座る前から、「わあー、おしゅしだあ!!」と小さな歓声をあげていました。「貝がいいの」というので、平貝と青柳(あおやぎ)。それにカニとしらうお、かんぴょう巻き。あわび、いか、いくら。これを2人で食べてお皿をつみあげてにこにこしました。

 午後の買い物では、弟たちのセーターを買うのに、一人前に色のアドバイスをしてくれます。

 夕方、歩きつかれて、デパートの8階で甘ずっぱいババロアを。食べ終わると娘は声をひそめ、

 「ほんとはねえ。ひろくん好き……」

 自分でもいやな子だとわかっていたけれど、どうしてもやめられなかったという意味のことを娘は言いました。連れ歩いた私の意図を娘は見透していたようですが、あまりに楽しく嬉しかったので心が溶けたみたいです。

 私も声をひそめて言いました。

 「こんなにお外(そと)で食べるのは今日だけよ」

---

 次回は、「否定期」をお届けします。