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スマホで立ち読み Vol.28
『拉致監禁』20

世界平和統一家庭連合 総務局/編

(光言社・『拉致監禁: 家庭連合(旧統一教会)に反対する人々』〈Kindle版〉より)

 スマホで立ち読み第28弾、『拉致監禁』を毎日朝5時にお届けします。
 本書は現在の報道の背景を理解するとともに、拉致監禁の再発を防ぐために作成された一冊です。ぜひお読みください。

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第一章 家庭連合に反対する人々

家庭連合に反対する人々に関するQ&A

Q17
 「文鮮明(ムン・ソンミョン)師が、朴正華(パク・チョンファ)氏を背負って海を渡っているという写真は、別人で、人違いである。美談を作ってまで人をだますような人物が、再臨主であるはずがない」という反対派の批判を聞きました。真相はどうなのでしょうか?

A
 反対牧師が脱会説得に使用する資料の一つに、文鮮明師が朴正華氏を背負って海を渡っておられると信じられていた写真(下記画像参照)があります。朴氏は、文師が北朝鮮の興南(フンナム)監獄(徳里特別労務者収容所)で苦役されているとき、夢に現れた老人の導きもあって、文師を再臨主と信じ、弟子になった人です。

 19501014日、文師は国連軍による爆撃で解放され、平壌(ピョンヤン)の弟子の元を訪ねられます。その頃、朴氏は足を骨折しており、平壌市内に避難命令が出されたとき、足手まといになるとして家族から置き去りにされていました。そんな朴氏を、文師は見捨てずに救い出されたのです。

 同年12月、文師は、足の不自由な朴氏を自転車に乗せ、金元弼(キム・ウォンピル)氏と共に釜山を目指して南下しました。その途中、龍媒島(ヨンメド)という島から仁川(インチョン)に直行する船が出ていることを知って、朴氏を背負って浅瀬になった海を渡られたのでした。

 反対牧師が批判する写真は、もともと韓国の「中央日報」に連載された李承晩(イ・スマン)大統領夫人の回顧録に出ていたもので、その写真は朴氏を背負って海を渡られる文師を彷彿(ほうふつ)させるものでした(「中央日報」831024日)。

 8459日、来日した朴正華氏が、東京の本部教会で「この写真は私と文先生です」と証言し、その後、名古屋、宝塚、九州などを巡回しました。当事者の証言であったことから、当然、多くの人々は全く疑うことなく、それを「文師と朴氏の写真」として受け入れました。しかし、その後、写真は文師と朴氏でないことが判明したのです。

 写真が見つかり、朴氏が来日した84年当時は、文師がアメリカの裁判でダンベリーへの収監が確定されるかどうかの時期であり、文師の次男である文興進(フンヂン)氏が交通事故で亡くなってから数カ月後という時でした。この写真の発見が、どれほど家庭連合信者を慰め、励ましたことでしょうか。そのため、瞬く間に、その朗報が家庭連合全体に伝わったのです。

 反対牧師は、監禁場所で、その写真を家庭連合信者に見せながら、「これは文鮮明ではない。文は嘘をついている」と批判します。しかし、これは文師が嘘をついたのでも、家庭連合がだまそうとしたのでもありません。写真の雰囲気があまりにも似ていたこと、および当事者の証言もあったため、そう信じられるようになったのです。

 たとえ、この写真が文師と朴氏でなかったとしても、文師が足の不自由な朴氏を見捨てずに南下された事実が否定されるわけではありません。足を骨折していた朴氏が、南にたどり着いたのは事実です。

 ところで、イエスの遺体を包んだとされるイタリアのトリノの聖骸布(せいがいふ)も、その真贋(しんがん)のほどが取り沙汰され、ある人は「偽物だ」と批判します。しかし、万一、聖骸布が偽物であったとしても、それでイエスが十字架で亡くなった事実そのものが否定されるわけではないのです。この写真の問題は、それと同じであると言えるでしょう。

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 次回は、「反対派による『原理講論』のあら探し」をお届けします。



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