2018.07.31 12:00
世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~
フィリピン、「バンサモロ基本法」成立
渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)
7月22日から29日を振り返ります。
この間、次のような出来事がありました。
トランプ政権が最大120億ドル規模の農家支援策発表(24日)。ポンペオ米国務長官が上院外交委員会公聴会で北朝鮮が核物質の生産を継続していると発言(25日)。米国とEU(欧州連合)が新たな貿易対話開始で合意(25日)。フィリピン・ドゥテルテ大統領が南部ミンダナオ島の一部にイスラム自治政府の樹立を認める「バンサモロ基本法(イスラム教徒の国)」に署名(26日)。沖縄・翁長知事が辺野古移設計画撤回を表明(27日)。北朝鮮、米兵の遺骨(55柱)返還(27日)、などがありました。
今回は、フィリピンのドゥテルテ大統領が「バンサモロ基本法」に署名、発行させたことを取り上げます。
「バンサモロ」とは、「イスラム教徒の国」という意味です。ミンダナオ島はドゥテルテ氏の出身地です。この島で約50年間にわたって紛争が続き、犠牲者は10万人を超えました。議会の承認とともに大統領の英断により、和平に向けて大きな一歩を踏み出したのです。
国民の約9割がキリスト教徒のフィリピンで、人口の約5%のイスラム教徒はミンダナオ島に集中しています。紛争の始まりは、マルコス政権が1960年代後半からイスラム教徒の弾圧を強めたことにあります。それに対してイスラム勢力は70年代の初め、モロ民族解放戦線(MNLF)を結成して武装闘争を始めたのです。その後、MNLFは79年から政府と和平交渉を始めたのですが、そこから分派したモロ・イスラム解放戦線(MILF)が戦闘を続行しました。
さらにMILFは97年から政府と和平交渉を始めて、2014年に包括和平に合意します。基本法の制定は合意の条件となっていました。ところが15年、MILFと警察の間で起きた偶発的な銃撃戦により審議が中断してしまいます。自治政府に強い権限を与えることに反発した一部の議員の存在が背景にあったといわれています。
17年5月には、ミンダナオ島マラウィの一部がMILFとは別の過激派(IS系といわれている)に占領されるという事件があり、ドゥテルテ氏が交渉を急ぐ契機ともなりました。
基本法の発行によって2022年にも高度な自治権をもつ自治政府が誕生することとなります。しかし楽観はできません。どれだけの市町村が自治政府に参加するのか、MILFの一部に反発が起きないのか、他のイスラム武装勢力の動きはどうなるのか、武装解除された民兵に安定した仕事を用意することができるのか、などの課題を一つ一つ超えていかなければならないのです。しかし大きな一歩であることには間違いありません。