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43とも倶楽部誕生物語 23
43とも倶楽部」の元祖は荻生徂徠?

櫻井 晴信

 今話題のユニークな読書会、「43とも倶楽部」。本シリーズでは、「43とも倶楽部」がどのようにしてつくられてきたのか、その誕生の物語をお届けします。

 「会読」を始めたのは荻生徂徠だといわれています。
 会読には2種類あって、蘭学や国学など意味を理解するために、頭を突き合わせて解読しようとする「読む会読」と、儒学のテキストを一つ選び、その中の章句をおのおの分担して講釈し、議論をする「輪講」です

▲荻生徂徠

 家康は徳川幕府を盤石なものにするため、政治にも大きな影響力を持っていた仏教を抑え、儒教を幕府の柱にしました。

 農民や町民は寺子屋で論語や大学を素読し、百姓往来や商売往来を学んで、仕事に就きました。

 武士は藩校や私塾で素読と講釈を受けて素養を身に付けました。
 現代の教育も教科書を読み、意味を教師から教わりながら学力を身に付けます。

 荻生徂徠は素読と講釈を受けた生徒に「輪講」という会読をさせました。
 武士にも下士と上士のように明らかな階級があって、対等の関係を持つことは許されませんでした。

 ところが、会読の時間は身分の差はなく、710人が車座に座って、自分が担当した章句を講釈します。
 それに対して自由に意見を出し、討論をします。先生に当たる会頭はいますが、口出しはしません。そして、講釈が間違っていればその間違いを素直に受け入れ、相手の考えに従います。
 これを「虚心」といいます。(続く)