2022.11.14 22:00
スマホで立ち読み Vol.9
『地域づくりは国づくり』12
入山聖基・著
『地域づくりは国づくり』の一部を「立ち読み」でご覧いただけます! 毎週月曜日にお届けします。
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第二章 ヤコブの信仰と成長
苦難が私を成長させる
ヤコブは、21年間、ハランの地で苦難の日々に耐えました。その間、ラバンおじさんから10回だまされたといいます。
その中には、報酬においてだまされた「お金(万物)の試練」があり、ラケルやレアとの結婚においてだまされた「愛(結婚)の試練」がありました。お金も愛も、つまずけば、いずれも深い恨みの原因になります。
しかし、ヤコブは、それらの試練を一つ一つ克服し、たくましく成長していきました。それができたのは、「神様が共にある」という信仰の原体験があったがゆえでしょう。
「サタン世界でどのように解放されるのですか。サタンと闘って勝たなければなりません。そうするには、どれほど苦労し、どれほど苦しまなければなりませんか。ヤコブも10回だまされ、モーセも10回だまされ、イエス・キリストもそのように欺かれました。先生も同じです。それを克服していかなければなりません。その時に、神様の心情を知るようになるのです。父母様の心情を知るようになるのです。そうでなければ、絶対に分からず、そうでなければ、サタンが離れないのです。サタンに勝利できない限り、父母の心情を知ることができず、神様の心情を知ることができません」(天一国経典『天聖経』234ページ)
このみ言(ことば)にあるように、ヤコブも10回だまされ、モーセも10回だまされ、そして、イエス様も、そして真のお父様も、10回以上だまされるような試練の中で、神様の心情を知ったというのです。
人間の成長期間は蘇生期・長成期・完成期の3段階ですが、それぞれに蘇生級・長成級・完成級の3段階があり、それらを経て10段階となります。ヤコブ路程に、原理的な成長期間が象徴されているようです。
こうして、ヤコブの信仰がヤコブを救いました。
「神様はすべてご存じである。意味のない試練はない。必ず解放の時が来る」という希望がヤコブを心霊的に生かしたのです。
こうしてヤコブは、21年間の苦労の生活の中で、深い信仰と、天に対する感謝、謙虚さを持ったのです。10回だまされても変わらずに歩むことで自己否定のチャンピオンになりました。自己否定とは、「私」という自己中心の思いをなくすことです。堕落した人間は、自己中心の心情の根を持ってしまったため、心が「私」の事情で満ちています。それで、「『私』という字がついたものは全部サタンである」(『御旨の道』428ページ)というのです。
では、人間が完成し、完全に自己否定できたらどうなるのでしょうか?「私」という思いが心から完全になくなったら、心が空っぽになってしまうのでしょうか? それでは生きているとはいえません。「私」以外に対する思いで満ちることになるでしょう。それは、いわば「三大祝福のこころ」で満ちるのです。
第1祝福のこころとは、神様を愛するこころを中心に、子女の愛、兄弟姉妹の愛を育んで個性完成することです。
第2祝福のこころとは、神様を中心として、夫婦の愛、父母の愛を育み、家族や人々を愛する心です。
第3祝福のこころとは、神様が愛する自然界や故郷、国を愛する心です。
私のこころが、神様を愛し、人々を愛し、国を愛する愛で満ちていきます。これが、「愛天愛人愛国」の心です。そのような豊かな心を持ってこそ、豊かな人生だと言えるようになるでしょう。
こうして、ヤコブも成長するにつれ、「私」という思いが心の中になくなっていったことでしょう。代わりにその心を満たしたのは、神様に対する思いであり、家族とそして兄エサウへの思いであり、父母への思いであり、故郷への思いだったでしょう。
その時、「神様のこころ」が見え、「兄エサウのこころ」が見えたのです。ヤコブが「アベルの立場」に立った瞬間でした。その時、神様は、「故郷に帰れ」と言ったのです。
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次回は、「兄エサウのこころを知る」をお届けします。お楽しみに!