2022.11.13 22:00
進化論から新創造論へ 7
アプリで読む光言社書籍シリーズとして「進化論から新創造論へ」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
人間の祖先は本当にサルなのか? 統一思想からの提案は、科学的真理のように装ってきた進化論の終焉(しゅうえん)を告げる!
統一思想研究院 李相軒・編著
現代進化論に至る道
(6)ド・フリースの突然変異説
-新しい種は突然現れた-
オランダの植物学者ド・フリース(Hugo De Vries, 1848-1935)は、もし自然選択が、単に小さな個々の変異にだけ作用するとしたら、種と種の間にみられる大きな相違はどのようにして生じたのかと疑問を持っていました。
ある日、ド・フリースは、アムステルダムの郊外で月見草(オオマツヨイグサ)を観察したところ、その中に形の異常な変わり種が交じっているのに気がつきました。それを大学に持ち帰って、8年問にわたって栽培し観察したところ、あるものは途中で普通の花を咲かすようになりましたが、中には何代たっても、変わり種の形質を失わないものがありました。そこでド・フリースは新しい変異種は中間の段階を経ずに突然に現れて、直ちに安定性を獲得し、遺伝するものであると考え、これを突然変異と名づけました(突然変異説、1901年)。
ド・フリースは生物の進化について次のように考えました。新しい種は自然選択の作用の下で徐々に形成されるのではなく、突如として起こる遺伝的な変化すなわち突然変異によって形成されるのであると。
また、ド・フリースは新しい植物の変異種は、多くの生物学者が予期したように、外形の全部が変わるのではないことに気がつきました。すべてが変わるのではなく、一つか二、三の点が変わるにすぎないのです。そこで彼は「生物の形質は、はっきり区別された独立の単位からなりたっている」と考えました。ところが1900年に、ド・フリースはメンデルの論文に出合いました。そして彼はこのような遺伝の秘密を発見したのは自分ではなくて、メンデルであることを知ったのです。
同じころ、デンマークの植物学者ヨハンセン(W.L.Johansen,1857-1927)は純系説(1903年)を提唱し、ダーウィンが進化の要因として考えていた個体変異(同種個体問の連続的な小変異)は彷徨(ほうこう)変異(環境とか習性の影響によって生ずる通常の遺伝しない変異)であって、遺伝するものでないことを明らかにしました。これはダーウィンの自然選択説にとって困難な問題になりましたが、ド・フリースの突然変異説がこの難点を解決することになったのです。
ド・フリースの突然変異説は多くの生物学者の支持を得ました。しかしその後、微小の連続的な変異に自然選択の力が働くことによって進化が起こるとするダーウィンの立場をとる人たちとの間に論争が生じました。
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次回は、「DNAの発見」をお届けします。